<< December 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

トピックス

北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。


培養肉が必要な理由

No.297


 前回は、「培養肉の実用化は近い?」と題した解説をお伝えしました。最近、培養肉の話を、学生諸君や一般の方々にすることがあります。培養肉をまったく知らなかったという方も、大きな関心を持たれるようです。ただ、なぜ培養肉が必要なのかという疑問を持つ方も多いようです。


 私の手許に、「培養肉のひみつ」という小冊子があります。これは、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)の未来社会創造事業「3次元組織工学による次世代食肉生産技術の創出」の一環として発行されたものです。


 この小冊子では、培養肉がマンガでわかりやすく解説されています。キャラクターとして、「培養肉マン」、「くにおくん」、「みとちゃん」が登場します。「培養肉のいいところ」として、以下の4点があげられています。


 それぞれの項目について、小冊子中で簡単に説明がされています。「食料難でも安心!」というのは、「一体の動物からたくさんのお肉が作られるから食べ物不足でも大丈夫!」。「命をムダにしない!」は、「細胞をふやすだけだから、動物をむやみに殺さなくていい!」。「衛生的!」は、「動物の体にすむ病原体などがお肉につかないように作れる!」。「地球にやさしい!」は、「動物を育てるより必要な土地や水が少なく済んで温室ガスが少なくなる!」とあります。


 各項目を、もう少しだけ説明しましょう。「食料難」という観点では、今後の世界人口の増加が大きな背景としてあります。2050年の世界人口は、96億人に達すると予想されています(現在:74億人)。これに伴って、食料生産を約6割増やす必要があります。1キロの牛肉を生産するためには、11キロの穀物飼料が必要です。さらに、1キロの穀物を得るために1,800リットルの水が必要となります。培養肉の普及を目指す非営利団体「The Good Food Institute」は、食肉の生産を培養肉に置き換えることにより、水の使用量を82〜98%も減らせると推計しています。


 「命をムダにしない」というのは、アニマルウェルフェア(動物福祉)に関連することです。世界的にアニマルウェルフェア対する意識が高まっており、家畜生産においても十分に配慮する必要があります。食肉生産のために家畜を犠牲にするべきではない主張も、少なからず見られるようになっています。アニマルウェルフェアという観点からは、培養による食肉生産の意義は大きいと言えるでしょう。


 「衛生的」という点では、確かに培養肉は優れた面があります。家畜では、口蹄疫や牛海綿状脳症(BSE)といった疾病がしばしばニュースとして報じられてきました。このような疾病は、家畜の生産性や安全性に大きな影響を及ぼします。培養肉だから衛生的とは言い切れませんが、家畜に比べると病原菌を制御しやいと考えられています。


 「地球にやさしい」というのは、もちろん地球環境に対する影響のことです。FAO(国際連合食糧農業機関)は、世界の温室効果ガス排出の約15%は家畜からと指摘しています。また、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)も、温暖化防止のために肉食を大幅に減らすことを提言しています。南米やオーストラリアでは、牛のための牧草地開発による森林破壊も深刻化しています。ただ、培養肉の生産では、温室効果の大きいメタンの発生は少ないものの、二酸化炭素の排出量がどの程度になるかは現時点では未知数です。


 私は培養肉が食卓に登場するのを、心待ちするものでも拒否するものでもありません。もちろん、長い間、食肉領域の研究教育を行ってきたこともあり、家畜から得られる食肉が完全になくなってしまうようなことがあれば、寂しさを禁じえません。しかし、そのような事態にはならないだろうと思っています。カニカマ(蟹蒲)は日本で開発され、海外にも広まった優れた食品です。しかし、カニカマの登場・普及によって、私たちが本物の蟹を食べなくなったわけではありません。


 最近、日清食品と弘前大学のグループによる「培養肉に関する大規模意識調査」の結果が発表されました(日本社会心理学会, 2019/11)。20歳から59歳までの一般男女2,000名を対象としたこの調査によると、「培養肉は世界の食糧危機を解決する可能性がある」という意見には55%の回答者が賛成を示しています。しかし一方で、「培養肉を試しに食べてみたい」と考える回答者は27%にとどまっています。このような意識は、今後大きく変わっていくのかもしれません。培養肉の実用化と普及には、技術的な問題の解決だけでなく、消費者の意識が大きく影響しそうです。



この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
296:培養肉の実用化は近い?(2019/11/25)
食品のトピックス | 15:24 | 2019.12.10 Tuesday |