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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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生ハムの国・スペイン

No.37


 最近、『食べてはいけない!』(森枝卓士、白水社)という本を読みました。以前にも似たような書名の本がいくつかあったので、ある程度内容を想像していたのですが、読んでみたらまったく違う内容の本でした。食品添加物や危険な食品の話などは一切なく、宗教や食文化の面から世界各地に存在する「食べてはいけない」食品のことが書かれていて、なかなか興味深く読めました。


 この本で私が一番関心をもったのは、最初の章の『豚のカレーと遊牧民の羊』の中にあったスペインの生ハムについての記述でした。日本は美味しい食べ物が多いので、日本人が海外に行ってびっくりするほど美味しいものに出会うことはほとんどありません。そんな中で、生ハムをはじめとするスペインの食肉製品は、数少ない例外だと私は思っています。以前、「発酵食肉製品の魅力」で、スペインのセラーノハム(ハモン・セラーノ)についても少し触れましたが、実に素晴らしいものです(下の写真はマドリードで撮った生ハム売場の様子)。なお、日本の生ハムの大部分はラックスハムとよばれるもので、スペインやイタリアの生ハムとはかなり異なる製法により、短期間で作られています。当然、風味もずいぶん違います。


 私は何度かスペインを訪れたことがありますが、マドリード、バルセロナ、バレンシアといったいずれの都市でも、生ハムがいたるところで目に入ってきます。下の写真は、マドリードの生ハム専門店(製品販売およびレストラン)として有名な“Museo del Jamon”です。店内の壁面にぎっしりと並ぶ生ハムには圧倒されてしまいます。日本人にとっては驚かされるこのような光景は、スペインでは特に珍しいものではなく、スーパーなどでも見られますし、ごく普通のレストランでも生ハムが店内に何本もぶらさがっています。


 これまで、漠然とスペインの人たちは生ハムがとても好きなのだと思っていましたが、冒頭で紹介した『食べてはいけない!』を読んで、なるほどと思ったところがありました。スペインはイスラムの支配下にあった時代があり、生ハムを誇示するのは、豚肉食を禁忌とするイスラム教への抵抗を意味しているとの説です。少し調べてみたところ、スペインは14世紀までのおよそ8世紀の間、イスラム教徒に支配され、国土回復運動(Reconquista)によりイベリア半島からアラビア人やユダヤ人を追放したとのことでした。このとき、豚肉を食べるかどうかが踏み絵代わりになったという話もありました。宗教的な話になると信仰心の薄い私には理解しにくいところもありますが、スペイン人にとって生ハムは通常の食品以上の存在(キリスト教徒のシンボル?)であるのは間違いないようです。今日でも圧倒的な存在感をもって、スペインの生ハムは異邦人に迫っています。

 ここ数年、スペインの生ハムやイベリコ豚肉は日本でもかなり浸透してきて、デパートの食品売り場などで簡単に手に入れることができるようになりました。12年前にはじめてスペインに行ったときに、生ハム製造の最大手であるNavidul社を訪問し、マドリード近郊にある工場を見学させてもらいました。そのとき非常に親切に対応していただいた理由のひとつは、私が日本から来たことだったようです。当時まだスペインの食肉製品は日本にまったく輸出されていませんでしたが、日本市場にかける意気込みは大きく、海外事業部の責任者の方は、日本への思いを熱く語っていました。現在、Navidul社は日本への輸出を行っていますので、ひとまず彼らの悲願は達成したようです。下の写真は、Navidul社の美しいパンフレット類と生ハム工場内部の様子です。


 スペインには生ハム以外にも魅力的な食肉製品が多く、ソーセージなど日本人の口によく合うと思われるものも結構あります(写真下)。「チョリソ」とよばれる辛味の強いソーセージが日本でもよく知られています。もともとはスペインの食肉製品ですが、メキシコを経由して日本に入ってきたために辛くなってしまったようです。スペインのチョリソにはほとんど辛味はなく、日本で売られている「辛いソーセージ」とはまったくの別物と言ってよいでしょう。スペインを訪れる機会があれば、ぜひ様々な食肉製品を試してみてください。「海外で美味しいものは?」と聞かれたら、私は迷わず「スペインの食肉製品!」と答えます。



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食品のトピックス | 11:51 | 2009.01.26 Monday |