2009.02.10 Tuesday
グリシンは快眠アミノ酸
No.38
このトピックス欄では、コラーゲンについて何度か取り上げてきました(No.9「コラーゲンとコラーゲンペプチド」、No.36「コラーゲンとメイラード反応」)。そのコラーゲンを構成するアミノ酸で最も多いのがグリシンで、30%以上も含まれています。グリシンが最初に単離されたのも、ゼラチン(コラーゲンの熱変性物)からで、1820年のことでした。このグリシン、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の中で、最もシンプルな構造(下図)のアミノ酸でもあります。
最近、新聞などの広告で、味の素の「グリナ」という製品(食品)をよく見かけます。グリナの主成分は上述のグリシンです。味の素では、自社の研究成果に基づき、グリシンを「休息アミノ酸」と呼んでいます。就寝前にグリシンを摂取すると、速やかに深い眠りに達することができ、しかも目覚めがとてもよいとのことです。休息アミノ酸というよりも、「快眠アミノ酸」という方が作用のイメージには合っているかもしれません。
「睡眠」は、機能性食品のカテゴリーのひとつとして有望視されています。以前、フィンランド発の機能性食品として紹介したメラトニンを多く含む「ナイトミルク」(No.22「機能性食品先進国フィンランド」)も快眠をコンセプトとしている食品です。ギャバ、テアニン、バレリアンなども安眠効果を有する食品素材として注目されており、サプリメントなどが販売されています。
味の素がグリシンの睡眠における効果を発表したのは、2004年のことでした(味の素のプレスリリース参照)。この話を最初に聞いたとき、私は結構驚きました。グリシンは必須アミノ酸でもないし、とても単純な構造のあまり面白みのないアミノ酸だという先入観がありました。
ここではグリシンの快眠効果の詳細については触れませんが、グリナという製品の開発において中心的な人物であった味の素顧問の高橋迪雄氏(元味の素健康基盤研究所所長、東京大学名誉教授)が、睡眠そのものやグリシンの効果について、「ほぼ日刊イトイ新聞」や毎日新聞の「毎日jp」で興味深く語っておられます。これらの記事は、一読の価値があるものです。
グリナは医薬品でも特定保健用食品でもないため、グリシンの有する効果・効能を製品パッケージや広告でうたうことができません。味の素では工夫したPR活動を展開し、グリシンの快眠効果を薬事法に抵触しない範囲でなんとか消費者に伝えるよう努力しています。パッケージ前面には、「さわやかな朝をサポート」と表示されているだけで、「睡眠」や「快眠」といった類の言葉はどこにもありません。
私もグリナを味の素のホームページから注文してみましたが、製品と共に小冊子と愛用者の声をまとめたリーフレットが送られてきました(下写真)。小冊子には、「『グリナ』は、あしたの元気な『おはよう』を応援します」という表現が繰り返し使われていますが、やはり「睡眠」や睡眠と直接関係する言葉は一切見当たりません。
「睡眠」に代わり、「休息」という言葉が小冊子中にしばしば登場しています。たとえば、「『休息アミノ酸』グリシンがあなたの休息をサポートします」ということが書かれています。小冊子などにある説明を読んだ正直な感想は、「ちょっとピンとこない」ということになるのですが、一方で、かなり厳格に薬事法などの法令を遵守している企業の姿勢も感じさせます。いわゆる健康食品の多くが、薬事法などの法令に抵触するような広告をしている現実がありますが、その点においては、さすが味の素という感じがします。
また、効果・効能をうたえない食品ですから、効果的な摂取方法の記載ということもあり得ません。グリナのパッケージ裏面の「召し上がり方」は、実に簡単な記述がされています(下写真)。横にある小さなイラストと「おやすみなさい」というメッセージが、本当は伝えたい内容なのでしょう。小冊子の「グリナなんでもQ&A」には、「いつ飲めばいいですか」というQに対するAとして、「たとえば1日の終わりなどに」という表現となっており、「就寝前」とか「夕食後」といった医薬品的表現は避けています。この説明は、快眠を求めて製品を購入した方にとっては、少し不満なものだと思います。なお、味の素のプレスリリース資料に掲載されている実験データでは、「グリシン摂取2時間後に被験者を床につかせた」とありますので、市販のグリナを摂取する場合も、そのくらいの時間帯が適切なのかもしれません。
睡眠に対して有効作用を示すグリシンを用いた経口投与剤についての特許を、味の素はすでに取得しています。また、「休息アミノ酸」は、味の素の登録商標です。しかし、残念ながら、グリシンを原料とした健康食品(サプリメント)を、味の素が独占して販売することはできません。実際に、他社からもグリシン製品は販売されていますし、「快眠」をイメージさせる広告さえもしています。結局のところ、グリナという製品の他社製品に対する優位性は、企業ブランドやデータ蓄積に対する信頼性といったところにありそうです。知名度の低い健康食品メーカー製品に比べれば、多くの消費者の抱く安心感も高いことでしょう。グリナは、味の素というブランド力のある有力企業だから競争力のある製品にできたのかもしれません。味の素は、物質(アミノ酸)としてのグリシンについての客観的事実(データ)をマスコミなどを通して紹介し、浸透に努めてきました。
似たような手法は、明治乳業のLG21というヨーグルトの販売でも非常に効果的にでした。ピロリ菌に対して生育抑制効果を示し、胃潰瘍の予防や症状軽減に有効な乳酸菌(Lactobacillus gasseri)を利用したヨーグルトであるLG21も医薬品ではないので、効果・効能を表示することはできませんでした。しかし、マスコミの報道等により、製品コンセプトはかなり浸透し、大ヒット製品となっています。製品パッケージには、「特許取得」や「リスクと戦う乳酸菌」と表示されていますが、これだけでは製品の本質的な特徴はさっぱりわかりません。
現在のところ、機能性食品は特定保健用食品として認可されない限り、その効果・効能を表示することはできません。そのため、特定保健用食品として認められにくい新しいコンセプトの製品は、うまくその特徴を消費者に伝えることは容易ではありません。近年、乳酸菌や発酵乳が花粉症に効果的であるという研究が盛んに行われており、その成果を生かした製品も登場しています。しかし、現状ではどの製品が科学的根拠に基づいて開発された製品なのかを、消費者が判断するのは困難です。パッケージや広告には効果・効能が表示されておらず、科学的根拠のない製品の広告コピーの方がインパクトがあったりする場合もあります。
特定保健用食品制度(No.11「健康食品・機能性食品・特定保健用食品」参照)により、食品の効果・効能表示の問題は、大きく前進したと評価されています。しかし、現状を見る限り、健康食品や機能性食品には、まだ解決すべき問題が多く残っているように思われます。製品のパッケージや広告に効果・効能を表示できなくても、その製品や用いている素材の特性(実験データなど)を消費者に伝える方法にルールがあってもよいような気がしています。
食品のトピックス | 10:58 | 2009.02.10 Tuesday |