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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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気になる農業ブーム

No.59


 雇用状況は一向に改善されず、政権交代もちょっと期待はずれの感じです。来春卒業予定の大学生の就職内定率が非常に低いことも、大学教員としては気になるところです。昨今の「農業ブーム」は、このような雇用状況も大きな背景のひとつと言われています。2008年秋のリーマンショック以降、「農」に職を求める人が急増したと報じられています。書店に行くと、農業ブーム(新規就農)関連の書籍が多くあり、コーナーを設けているところもあります。


 出版業界も苦しい状況が続いており、多くの雑誌が苦戦を強いられています。その中で、今年創刊された季刊誌『Agrizm(アグリズム)』はオシャレな農業マガジンとして好調な売り上げを達成しています。当初20〜30代の読者を主なターゲットとして誌面を考えたようですが、10〜70代にわたる幅広い読者を獲得したようで、農業ブームの表われのひとつでしょう。


 Agrizumの最新号では、「輝け!土食系女子」を特集し、笑顔の素敵な農業従事者の方々の写真が多く掲載されています。ちなみに、「土食系女子」というのは、「農業を職業としている女性」のことです。また、編集者インタビューには堀江貴文氏が登場し、独自の視点から農業を語っています。なかなか読みやすく充実した誌面です。

 『AERA(アエラ)』の臨時増刊『得する農業』も書店で平積みされているので、かなり売れているのでしょう。表紙には、押切もえさんが「ワタシも稲を育ててみました」と言いながら、刈り取った稲を担いでいます。魅力的な表紙に惹かれて、つい手に取った方も多いことでしょう。


 アエラ臨時増刊の表紙には、「農バブルでニッポンは成長する」という大胆なコピーが書かれています。本文を見ると、「ポスト・リーマンショックの救世主」として農業ビジネスの有望性が論じられています。農業ブームを個人の就農だけでなく、企業の参入対象としても取り上げています。

 政権を得た民主党は、環境、医療、介護と共に、農業を成長産業と捉えているようですが、その具体像はまだよく見えません。農業ブーム関連の雑誌や書籍を見ると、魅力的な成功談も多く、「ザックザク50億円経営」(アエラ臨時増刊)といった景気のよい農業経営事例が目に入ります。一部には厳しい話も書かれているのですが、どうしても魅力的な話が印象に残ります。


 手頃な価格で購入しやすい新書コーナーにも、いくつかの農業本が見つかります。『ギャル農業』(中公新書ラクレ)は、売れ行き好調なようです。「年商三億円のギャル社長」、「農業はイケテル!」といった帯の強烈なコピーが目に飛び込んできます。著者の藤田志穂さんは、かなりの有名人です。テレビ、新聞、雑誌などでずいぶん紹介され、私も「ギャル社長」、「渋谷清掃」、「ノギャルプロジェクト」、「シブヤ米」といった言葉を断片的に聞いたことがありました。本のタイトルのイメージからあまり期待せずに読んだのですが、結構おもしろい内容で藤田さんの真面目な姿勢が理解できました。平易な表現と広めの行間のため、とても読みやすい本です。これまで農業にまったく無縁だった方には、良い農業入門書とも言えそうです。私は「シブヤ米」(秋田県大潟村で生産した「あきたこまち」)もインターネットで注文してみました。


 一方、『農業という生き方』(アスキー新書)は、「はじめに」で書かれているように、「新規就農者になるためのマニュアル本」を意識した硬派な内容です。新書ながら中身の濃い本で、農業の厳しさにも言及しています。他書ではあまり触れられていない失敗例を含めた就農者の実態が紹介されており、安易な就農に対してブレーキをかけてくれそうです。マスコミは、「新規就農は簡単!」と報じることがあるので、客観的な情報が必要です。


 数日前に、近所の書店で『週1から始める元気な農業』(朝日新書)を見つけました。著者の小田公美子さんは、サラリーマン家庭出身の農学部卒業という方で、私も同様な道をたどったので、農業に対するフィーリングに共感をもちました。

 食料自給率の向上や雇用の確保といった観点からは、農業ブームのような動きは好ましいものと考えられます。ただ、素人の就農は色々な面で大丈夫なのかなという心配も感じていました。この本は、私の漠然とした農業ブームに対する不安に答えてくれる内容でした。ハウツー本の内容を鵜呑みにして全財産を新規就農に費やしてしまうような人がいるのではという心配も、この本を書く動機だったようです。また、「もしも大学1年の時に農業についてのこんな一冊があったなら、もっと大学4年間を学びの場としてうまく活用できたかもしれない」と思えるような本にしたいという小田さんの願いも実現したように感じます。


 食料自給率の向上が本当に必要であるかどうかを別にしても、農業が重要な産業であることは間違いありません。多くの方が、農業に対して関心をもつことが大切かと思います。就農するつもりがない方も、今回紹介したような書籍を読まれてみてはいかがでしょうか。
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30:バナナダイエットブームで品薄(2008/10/10)
20:バター不足と食料危機(2008/05/12)
その他のトピックス | 10:14 | 2009.12.25 Friday |