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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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「猫にマタタビ」の科学

No.68


 「猫にマタタビ」は、あまりにも有名な話ですが、この現象の科学的な説明を求められると、私もキャットフードの研究をしていながら心許ない状態でした。先日、以前に卒業生から貰った猫愛好家向けの雑誌を整理していたところ、表紙に「マタタビの謎を追え!」という記事があるのを見つけました(「猫生活」, 第37巻第2号, 2008)。


 この記事は、猫とマタタビについて簡単に説明しているだけではなく、実際に50匹(オス29匹、メス21匹)の猫にマタタビを与えて、反応を見ているのには感心しました。全体の実験結果では、「泥酔状態」20%、「適度にうれしそう」60%と、8割の猫がマタタビに喜んだということでした。とくにオスでは3割近くが泥酔状態となり、効果が強く出たようです。判定基準は定かではありませんが、マタタビを与えた後の全50匹の写真が掲載されており、かなりの猫が写真からだけでも恍惚感を得ているように見えました。

 さらに、東武動物園の協力を得て、他のネコ科動物(トラ、ピューマ、ジャガー、ヒョウ)への効果も調べている熱心さにも感心しました。ジャガー以外は、マタタビに反応を示し、特にヒョウはまるで猫のような感じだったとのことです(記事には写真あり)。ただ、この実験は試験頭数が少ないため、得られた結果が一般的なことかどうかは不明です。


 マタタビという植物についての説明は省略しますが、ウィキペディアには写真付きの解説があります。とくに猫が喜ぶのは、「虫えい果」あるいは「虫こぶの実」と呼ばれるマタタビの実です。マタタビの花のつぼみに寄生昆虫が産卵すると、本来は細長い形になる実(マタタビはキウイフルーツと近縁なので、実の形が似ています)が、こぶの集まった扁平な形の実になります。この虫えい果を熱湯に通し乾燥したものは、「木天蓼(もくてんりょう)」として古来生薬として利用されてきたものです。ペットショップなどに行くと、この虫えい果の粉末をよく見かけます。


 では、猫にマタタビを与えると、「マタタビ踊り」などのいわゆる「マタタビ反応」を示すのは、なぜでしょうか。インターネットで調べると、多くのサイトにマタタビの有効成分は、「マタタビラクトン」と「アクチニジン」と書かれており、私の知識もそこまででした。しかし、真相はもう少し複雑なようなので、ちょっと調べてみました。


 マタタビの有効成分に関する研究は、1950年代に大阪市立大学の目(さかん)教授のグループが本格的に行いました。1964年に目 教授が書かれた「またたびの研究から」とういう総説(化学教育, 12(1), 16-22, 1964)には、マタタビの有効成分の同定に至るまでの研究経過が詳細に記述されています。彼らの初期の研究で、β‐フェニルエチルアルコール、マタタビラクトン、アクチニジンの3つが作用物質として突き止められました。マタタビラクトンとアクチニジンは、目 教授らが命名したものです(命名時は構造未決定)。

 β‐フェニルエチルアルコールは、バラの香りの本体としてすでによく知られていた物質だったため、彼らの関心はマタタビラクトンとアクチニジンに向けられました。なお、β‐フェニルエチルアルコールと違い、マタタビラクトンとアクチニジンは、人間が嗅いでも魅力的な香りはしません。また、β‐フェニルエチルアルコールが有効成分の一つということからは、猫がバラ好きだとも考えられますが、β‐フェニルエチルアルコールは催涎作用が主体であるため、それはあまりなさそうです。


 目 教授らによる研究について、以下に要点だけを述べておきます。マタタビラクトンと命名された物質は、実は既知の「イリドミルメシン」(下図左)という物質(アルゼンチンアリの分泌物中から発見)と同一でした。また、それ以外に、「イソイリドミルメシン」や「ネペタラクトン」(下図中央)などの物質もマタタビラクトンと称された画分に含まれていたことが、後に判明しています。結局、マタタビラクトンは単一の物質ではなく、「マタタビラクトン類」と呼ぶべきような物質群でした。なお、ネペタラクトンは「キャットニップ」(イヌハッカ)というマタタビ同様の酩酊反応を猫にもたらす植物(ハーブ)に含まれる主要作用物質でもあります。

 一方、アクチニジンは下図右のような構造の物質であることが明らかにされました。これらの3種物質はよく似た構造を有し、猫に対して示す特殊な生理作用(マタタビ作用)が特徴的な化学構造に起因することが容易に推定されます。


 あまり化学的なことを述べても、ごく一部の方しか関心をお持ちにならないと思いますが、目教授の書かれた総説は私にはかなり興味深く、核磁気共鳴スペクトル(NMR)や質量スペクトル(MS)などの機器分析データが利用できなかった時代(1960年以前)に、ずいぶんたいへんな作業により有機化合物の同定を行っていたかがよくわかりました。関心のある方は、インターネット(CiNii Article)でダウンロード(「またたびの研究から」PDF:624KB)できますので、ご覧になってください。


 マタタビ反応に上述のような物質が関わっていることが、これまでにかなり解明されていますが、これらの物質がどうして猫を初めとするネコ科動物だけに作用するかについては、まだ不明確な部分が残されています(アクチニジンは、犬など比較的広範な動物種にも反応)。

 ネコの上顎にあるヤコブソン器官(鋤鼻器官)がマタタビラクトン類などに反応し、その信号が脳に伝わるのは確かなようです。なお、ヤコブソン器官は、一般的な匂いを感じる器官ではなく、フェロモン用物質を認識する器官です。冒頭に雑誌記事を紹介しましたが、すべての猫がマタタビに対して感受性があるわけではなく、マタタビ非感受性の個体も少なからず存在します。感受性および非感受性のネコ個体を用いた脳神経系解析の研究も試みられています。なお、「猫にマタタビを与えすぎるとどうなるか」という疑問がよくあり、「まったく問題ない」とか「呼吸困難や昏睡状態になる場合がある」等の記述が見られますが、いずれも真偽のほどは確認できませんでした。

 「猫にマタタビ」にとどまらず嗅覚に関連する話題については、もう少し勉強してから、あらためてこの欄で取り上げたいと思っています。AxelとBuck(2004年ノーベル生理学・医学賞受賞)によるラット嗅上皮からの匂い受容体遺伝子群の同定(1991年)により、嗅覚生物学は新時代を開き、ようやく嗅覚系の仕組みの全体像がわかってきたホットな領域です。


 今回の原稿のために、猫の書籍をアマゾンで検索して、マタタビについての記述があることも確認せずに、ほとんどタイトルだけで発注してしまいました。到着した7冊の書籍には、残念ながら「猫にマタタビ」に関する詳しい記述はありませんでした。本稿の内容には関係ありませんが、せっかくなので1冊だけ紹介しておきます。『猫にまたタビ』(辰巳出版, ¥1,000)です。表紙に書いてあるように、「漫画と写真で綴る世界猫紀行」で、植物の「マタタビ」に関する記述はまったくありません(少し期待していたのですが・・・)。ただ、世界各地で撮った写真はなかなか魅力的なもので、猫好きの方もそうでない方も楽しめる写真集です。



この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
209:イヌとネコの超入門書(2016/03/25)
201:イヌとネコの科学(2015/11/25)
154:ペットフードの書籍を監修(2013/12/10)
153:ネコにタウリン(2013/11/25)
24:ペットフードと特許(2008/07/09)
4:「機能性ペットフード」の可能性(2007/09/07)
ペットフードのトピックス | 10:08 | 2010.05.10 Monday |