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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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口蹄疫と和牛肉

No.74


 先月末(2010/7/27)に、宮崎県は家畜の移動・搬出制限区域を解除し、口蹄疫に関わる非常事態宣言も全面解除しました。4月の発生確認から3か月を経て完全終息に大きく近づいたことは喜ばしいことです。しかし、牛豚合わせて28万9千頭という殺処分数にとどまらず、多くのものが失われました。


 宮崎牛ブランドの負ったダメージが大きいことは言うまでもありません。風評被害の一掃も含めて、これからかなりの時間をかけなくてはならないでしょう。一方、全国的な問題として危惧されているものに、「和牛肉の輸出」があります。口蹄疫の感染が確認された今年の4月20日に、日本からの牛肉輸出は全面停止しました。日本政府が、「和牛」を輸出農産物の重点品目と位置づけ、ここ数年、和牛肉の輸出量が増えてきていただけに残念なことでした。


 和牛肉と言うと、上の写真のような霜降り肉を思い浮かべる方が多いと思いますが、ここで和牛について要点だけ説明しておきます。和牛とは、日本在来の牛に外国種を交配してできた肉専用種で、「黒毛和種」、「褐毛和種」、「日本短角種」、「無角和種」の4品種とその交雑種を指します。現在では、霜降りの状態など商品価値の高さから、和牛肉の9割以上が黒毛和種のものとなっています。後述するように、日本国産の牛を「和牛」と言うわけではありません。

 北里大学獣医学部附属八雲牧場のホームページにも、和牛を始めとする肉専用種の解説がありますので、ご参照ください。下の写真(八雲牧場のホームページから転載させていただきました)で、左が黒毛和種、右が日本短角種です。


 「和牛」とまぎらわしく誤解されることも多いものとして、「国産牛」があります。日本で生まれた和牛以外の牛や、外国種や輸入種でも3か月以上国内で肥育された牛は、国産牛になります。和牛は品種ですから、「外国産和牛」も存在します。ただし、現在では、業界の自主規制と農林水産省の指導により、国内で外国産牛肉が和牛肉として流通することは事実上あり得ません。

 また、「松坂牛」に代表される「銘柄牛」と呼ばれているものがありますが、これは認定を受けたブランドです。銘柄牛の多くは和牛系ですが、乳用種系(ホルスタイン種)のものもあります。代表的な銘柄牛を下の表にあげました。よく知られている銘柄牛は、やはり黒毛和種が多くなっており、輸出牛肉の主体でもあります。


 日本から海外への牛肉輸出量は、2006年には74トンでしたが、2009年には565トン(輸出金額は約38億円)にまでなりました(国別の内訳は下表)。月間では、今年3月の輸出量は83トンでしたが、口蹄疫発生後の5月には8.7トンに急減しました。香港とマカオについては、2国間協議により輸出が再開していますが、ベトナムなど他の国への輸出再開はまだ時間がかかりそうです。


 今回の口蹄疫の発生により、「国際獣疫事務局」が日本を「非清浄国」としました。日本が牛肉の輸出を本格的に再開するためには、国際獣疫事務局から「清浄国」の認定を受けることが必須です。そのためには、まず、感染・ワクチン接種家畜の殺処分が終了してから3か月の間に口蹄疫が発生しないことが求められます。その後、来年2月の委員会審査を経て、5月の総会での決定を待つことになります。2000年に口蹄疫が発生した韓国では、清浄国に復帰するまでに1年半を要しました。

 清浄国に復帰すれば、ただちに日本の牛肉輸出量が2009年のレベルまで復帰するわけではありません。これまでに苦労して得た販路や評判は失われてしまうかもしれません。豪州や米国では、和牛種の肥育生産をしているので、そういった牛肉を利用する動きもすでにあります。和牛は、青森県のリンゴなどとともに、数少ない国際競争力のある日本の農産物ですので、大切にしたいものです。


 口蹄疫の発生により輸出できなくなった和牛肉の一部は、国内販売に向けられていますが、十分な需要が伴わず価格は低下気味です。今後、これまで高価な和牛肉に手が出なかった消費者が関心を持つ可能性はありますが、個人消費が低迷している状況もあり、国内消費の拡大もなかなか難しそうです。


 本稿は、5月26日付の産経新聞6月2日付の朝日新聞7月26日付の読売新聞に掲載された記事等を参考にしています。

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食品のトピックス | 21:06 | 2010.08.10 Tuesday |