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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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科学研究費補助金(科研費)

No.75


 私たち研究者が研究(実験など)を行う場合、それなりの研究資金が必要です。実験器具や試薬の購入をはじめ、研究には様々な経費が発生します。大学から支給される研究費は、多くの大学で少なくなりつつあり、とくに法人化した国立大学の状況は厳しさを増しているようです(私立大学が潤沢ということではありません)。


 文部科学省あるいは日本学術振興会から交付される科学研究費補助金(略して科研費)は、私たちにとって重要な研究資金です。この科研費を受け取るためには、申請書を作成・提出し、審査を経て採択される必要があります。残念ながら、採択率は20〜25%程度とあまり高くありません。以前は申請書に記載できる情報量が少なかったこともあり、記載内容で評価されるというよりも、著名な先生に交付されるような印象もありました。無名の研究者は、論文をたくさん発表して、せめて申請書の研究業績欄を充実させるのが大切だと言われたりもしていました。


 現在では、申請書のページ数がかなり増え、研究の意義や計画計画の内容をしっかりと審査委員の先生方にお伝えできるようになりました。もっとも、その分申請書を書くのにずいぶん手間と時間がかかるようになりました。科研費がよく採択される研究者がいる一方で、なかなか採択されない方もおられます。もちろん、研究テーマ、計画、実績など本質的な部分が大切なのですが、申請書の出来不出来(読み易さや見栄えなど)も関係していそうです。

 先日、私たちの学部(北里大学獣医学部)で開催されたセミナーで、私は「科研費を獲得するための申請書作りのポイント」と題した講演を行いました。こんな話をするのは少し恐れ多かったのですが、私の経験や知人から得た情報などをもとに資料を作成し、できるだけ具体的かつ実践的な話をするよう心掛けました。


 科研費制度の仕組みをよく理解しておくことは大切ですが、今回のセミナーでは公表されている事項についての説明は最小限に留めました。ただ、審査方法だけは、採否結果に直接影響することでもありますので、重要と思われるポイントについて解説しました。


 また、このような話をする私自身がある程度は科研費に採択されていなくては説得力がありませんので、「私と科研費の歩み」をまとめ、これまでの採択と不採択の状況を紹介しました。この資料の作成では、色々と思い出されることがあり、感慨深いものがありました。


 もちろん採択の通知を受け取ったとき(例年4月)は嬉しいものですが、不採択からも学べることがあります。私は、「萌芽研究」という申請種目に応募して、6年間連続して不採択という悲しい経験もしています。不採択の場合、「審査結果の開示通知」という文書を受け取るため、この情報を今後に生かすことができます。不採択から何を学んだかについてもお話し、恥をしのんで不採択のときの申請書もお見せしました。


 今回のセミナーの中心課題は、いかに魅力的な(説得力のある)申請書を作成して科研費を獲得するかでした。これまで私なりに工夫を重ねて到達した申請書作りのノウハウでしたので、門外不出という気持ちも多少はありました。しかし、採択されているうちが華とも思い、声がかかるときに披露してしまった方がよかろうと判断し、ほとんどすべてを配布資料に盛り込んでしまいました。


 ただ、あらためて自分の書いた申請書を眺めると、それほど特別なテクニックを駆使しているわけでもなく、ごくオーソドックスなものに感じられました。セミナーで話をお聴きになった皆さんは、秘伝の技が得られずちょっとがっかりされたかもしれません。来春、私たちの学部で科研費が採択される方が増えれば、本当に嬉しい限りです。

 これまでに科研費に関する参考書は、なかったわけではありませんが、下にあげた書籍(『わかりやすい科研費』, 遠藤啓, ぎょうせい, 2008/7)のように、制度の説明を主としたものだけでした。


 今回のセミナーの直前に、『科研費獲得の方法とコツ』(児島将康, 羊土社, 2010/8)というたいへん実践的な書籍が出版されました。私の手許に届いたのはセミナーの前日でしたので、今回の配布資料などには十分に内容を反映することができませんでした。この本では、著者(久留米大学 児島将康教授)が実際に提出した申請書を示して、具体的な記載方法を詳しく解説しています。随所に挿入されているコラムも楽しめます。これから科研費を申請される方には、一読をお勧めします。


 この種の書籍の登場はありがたいものですが、多くの研究者が完成度の高い申請書を提出するようになると、採択の競争はますます厳しくなってしまいます。科研費の予算枠を拡大してもらえるとよいのですが、現在の財政情勢では難しいのでしょう。

 昨年行われた「事業仕分け」では、科研費に対する注文もあったようですが、幸いにして最終的に予算枠が削られることはありませんでした。事業仕分けで科学技術関連予算に対して指摘されたことのひとつに、「研究成果を国民にわかるように情報発信」することがありました。これまで、多くの研究者は研究成果を学会や論文発表の形で公表してきましたが、一般の方には伝わりにくい方法でした。今後は、ホームページなどによる情報発信が一段と重視されていくことでしょう。


 今回の話題は、ちょっと特殊なものだったかもしれませんが、研究現場に関わりが薄い方にも、大学における研究費の厳しい状況の一端をお伝えすることができたと思います。最後に、最近読んだ『大学教授という仕事』(杉原厚吉, 水曜社, 2010/2)という書籍を紹介しておきます。


 著者の杉原厚吉氏は、東京大学大学院理工学研究科の教授を経て、現在は明治大学の研究・知財戦略機構で特任教授をされている方です。東大在職時には研究費の確保が切実な問題であった様子で、この本でも「研究資金の獲得」という章が設けられています。理系の大学教授という職業を理解するのに役立つ書籍で、嫌味のない淡々とした記述に好感を持ちました。共感する話や見習いたい心構えも書かれていました。
この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
48:味覚センサーの導入(2009/07/10)
21:産学官連携でペットフード開発(2008/05/26)
その他のトピックス | 13:00 | 2010.08.25 Wednesday |