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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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犬は最良のパートナー?

No.81


 『ネイチャー・ダイジェスト』11月号(2010/10/25発行)の表紙には、犬の顔写真が掲載され、「犬は最良のパートナー」というタイトルが大きく書かれています。ネイチャー・ダイジェストは、有名な科学雑誌『Nature』の記事の中からめぼしいもの(日本人向きのもの?)を選んで載せています。


 最初、この表紙のタイトルを見たときは、「犬は家族の一員」とか「アニマルセラピー」といったありふれたことが頭に浮かびましたが、「いつでも犬は最良のパートナー」という記事の本文を読んでみると、想像していた内容とはまったく異なっていました。ヒトの精神疾患の解明や治療法開発にイヌモデルを効果的に利用できそうだという話でした。イヌは、近親交配による品種改良を続けたため、品種ごとに特徴的な疾患をもっている場合が多く、ヒトの貴重な疾患モデル動物として注目されているそうです。


 イヌの品種改良などについての予備知識が乏しく、記事の内容が理解できない部分もありました。いい機会なので、イヌという動物についてちょっと勉強しておこうと思い、手許にあった本(上写真)に目を通してみました。品種が多いことはイヌの大きな特徴のひとつですが、世界中で400以上の品種が存在します。イヌの祖先であるオオカミの特徴をよく残したものから、オオカミとは似ても似つかない外貌のものまで、そのバリエーションは実に豊富です。この点はネコとはずいぶん違い、イヌに比べるとネコの品種間の外貌の違いはさほど大きくありません。その外貌だけからも、イヌはかなり無理な品種改良が行われてきたことがうかがえられ、これがイヌの宿命ともいえる遺伝性の健康問題や疾病をもたらしました。たとえば、イヌの先天性心臓病として、動脈管開存、肺動脈狭窄、心室中隔欠損、ファーロー四徴症、大動脈狭窄などがありますが、特定の品種との関連が示されており、変異遺伝子との関与についても明らかにされているそうです。


 人気のあるイヌの品種では、少数の個体をもとにたくさんのイヌを生産するために短期間に近親交配が繰り返し行われることもあり、これがさらに遺伝性疾患の発現を促すようです。近親交配は有害な劣勢遺伝子が暴露される可能性が高まり、「雑種犬は純血種より健康」とよく言われていることも根拠のある話です。もう少し、イヌの品種と疾患の関係について知りたくなり、私の所属する北里大学獣医学部にある図書館(下写真)に行ってみました。


 動物の病気に関する書籍の棚は、これまでほとんど眺めることがありませんでしたが、さすがに獣医学部の図書館なので、この種の書籍はかなり充実していました。幸い、『犬と猫の品種好発性疾患』という私の目的にかなり合致したタイトルの本を見つけることができたので、借りてきました。


 この本のタイトルは「犬と猫の・・・」となっていますが、第1部「犬」が192ページを占めているのに対して、第2部「猫」はわずか18ページにしか過ぎません。このことからも、イヌの「品種好発性疾患」の深刻さがわかります。ただ、この書籍、イヌの品種ごとに疾患名が羅列されているもので、読み物としてはほとんど楽しむことができませんでした。もちろん、イヌやネコの臨床に携わる方には有用な書籍だとは思います。


 さて、冒頭で紹介したネイチャー・ダイジェストの記事に戻りますが、イヌは長年にわたる選択的な同系交配のために、犬種に特異的な行動を取るようになり、イヌのゲノムはそうした行動の原因遺伝子の追跡がしやすい利点もあるそうです。とくに精神疾患モデルとしては、「完璧で申し分ない」動物だと言っている研究者もいます


 ボーダー・コリーというイヌは、放牧家畜の管理に適するように品種改良が進められ、聴覚が鋭くなりすぎてしまいました。このために、小さな雑音にも耐えられず、ヒトの不安障害に似た状態に陥ると考えられています。不安障害の症状を示すイヌは少なくなく、ドーベルマン・ピンシャーはヒトの強迫行為に似た病的な固執や奇行を示すことが多いようです。米国で飼われている8千万匹近くのイヌのうち、少なくとも40%は何らかの行動障害をもっているという推定もあります。


 イヌの体の大きさの多様性の80%が、イヌゲノム内のわずか6か所にある変異によって説明できることが、最近の研究で示されています。このようなことが、ヒトよりもイヌのほうが遺伝上の謎の解明が容易であるだろうと予想する根拠のひとつになっています。また、全ゲノム関連解析も、ヒトよりイヌのほうがずっと簡単なようです。


 日本で行われたイヌモデルに関する研究では、200匹の柴犬と200匹のラブラドール・レトリーバーを用いて、柴犬では攻撃性、レトリーバーでは集中力欠如の基盤にある遺伝子が見つけられました。この知見は盲導犬に適さない犬を繁殖させないために役立ちそうとのことです。イヌを使った研究がヒトの精神疾患の解明や治療に役立つかどうかは、まだ確かではないようです。しかし、ブリーダーたちが特定の犬種に障害をもたらす遺伝子変異に注意するようになってきている状況があり、これまでの研究成果を行動障害の少ないイヌの品種改良に生かせます。


 今回紹介した内容の詳細については、ネイチャー・ダイジェストに掲載された記事を読んでいただきたいと思います。犬は旧石器時代から飼われていた人間との関係がきわめて深い動物です。伴侶動物としてだけではなく、医薬品開発のための実験動物としても利用されてきました。盲導犬やアニマルセラピーとしても、重要な役割を果たしています。精神疾患などのモデル動物としての有用性も明らかにされれば、さらに人間のパートナーとしての存在意義が高まることでしょう。



この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
209:イヌとネコの超入門書(2016/03/25)
201:イヌとネコの科学(2015/11/25)
70:気になるペットビジネス(2010/06/11)
その他のトピックス | 16:32 | 2010.11.26 Friday |