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トピックス

北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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震災と牛乳

No.89


 東北地方太平洋沖地震(2011/3/11)とそれに伴う災害は畜産業にも大きな影響を及ぼしました。青森県内では、津波により八戸飼料コンビナートが被害を受け、操業停止となりました。これにより、家畜に与える飼料の供給状況が急速に悪化しました。八戸飼料コンビナートは、海外から到着した飼料原料を貯蔵する東北グレーンターミナルと、飼料会社6社の工場により構成されています。下の写真は、グレーンターミナルの原料貯蔵サイロと専用桟橋です(2011/3/21撮影)。今回の津波により、専用桟橋の一部が破損・水没しましたが、幸いにしてサイロは被害がなかったそうです。


 新聞やテレビは、飼料不足に悩む生産者の声を伝えていました。ある肥育牛牧場では、1頭に1日10キロ食べさせていた飼料を3キロまで減らして、牛の生命を維持したとのことです。その後、飼料コンビナートの一部は飼料製造を再開し、3月24日からは大型運搬船も入港できるようになりましたが、完全再開まではまだ時間がかかるようです。


 次に、私たちに伝わってきた悲しいニュース映像として、酪農家による原乳廃棄がありました。震災による被災や燃料不足等で、牛乳処理所や牛乳・乳製品工場が操業停止になり、酪農家から原乳を引き受けることができなくなりました。青森県六ヶ所村の酪農家では、1日当たり約5.5トンの原乳(約55万円相当)を廃棄したとのことです。その後、青森県や岩手県内の牛乳冷却処理所や牛乳工場が一部再開しており、状況は徐々に改善する方向で進んでいるようです。


 ところで、原乳が廃棄されている一方で、スーパーなど小売店における牛乳・乳製品不足が深刻化していきました。私の住む十和田市内のスーパーやコンビニでも、地震発生後、まずヨーグルトなどの発酵乳が姿を消し、やがて牛乳もほとんど目にしなくなりました。


 牛乳・乳製品の品薄はメーカーの工場が稼働停止したことも一因ですが、他にも理由があるようです。輸送燃料となる軽油が不足し、物流障害も深刻化しましたし、稼動している工場の重油不足や停電も影響しています。さらに、茨城県にある紙パックメーカーの工場が被災により製造停止したことも供給不足に追い打ちをかけました。


 牛乳工場の稼動状況や物流事情などが改善しつつあることが報道されていますが、少なくとも十和田市近辺のスーパーやコンビニでの牛乳・乳製品の供給状況は、まだあまりよくありません(2011/3/25現在)。昨日訪れたスーパーの棚にあった唯一の牛乳は、普段目にするパッケージではなく、はるばる北海道から来たよつば乳業の「根釧(こんせん)牛乳」(下写真)でした。この牛乳は、釧路根室地方で生産された原乳を釧路市の工場で充填したものです。


 今や貴重品となりつつある牛乳ですが、数日前に近所の方から未殺菌の生乳(原乳)をいただきました。 これは別の意味でも貴重なもので、生乳には市販の加熱殺菌乳にはない魅力があります(No.45「想いやり生乳と加熱殺菌乳」参照)。 生乳からは、バターも簡単に作れます。 ペットボトルに入れて30分間以上激しく振ったところ、およそ1リットルの生乳から下の写真のバター(30グラムくらい)が得られました。新鮮なバターの美味しさは格別でした。 もちろん、バターを除いたあとの脱脂乳もいただきました。

 今回の震災と牛乳の関係で避けて通ることができないのが、福島原発の事故による放射能汚染です。厚生労働省は、3月17日に食品から検出される放射能について、「飲食物摂取制限に関する指標」(暫定規制値)を設定しました。ただ、あくまでも緊急措置として設定されたものであり、現在、内閣府の食品安全委員会は新たな規制値の作成を検討しています。


 残念なことに、暫定規制値を超える放射性ヨウ素やセシウムなどが、福島県や周辺の北関東の農畜産物から検出されました。政府は原子力災害特別措置法により、3月21日に福島県に牛の原乳を当分の間、出荷停止するよう指示しました。原乳が出荷できなくても、搾乳を毎日続けないと牛は乳房炎になってしまいます。現在、福島県の酪農家は、牛の健康を維持するために搾乳を行っています。過去にも、余剰原乳の廃棄はありましたが、今回の状況は異質なものです。現在、出荷停止の原乳などに対して、時間のかかる「補償」ではなく、政府の「買い上げ」が検討されているようですが、早期の実現を期待したいものです。


 福島県の原乳が放射性物質により汚染されたのは、もちろん福島原発から地理的に近いからでしょう。テレビなどでは、乳牛が放射能汚染されたエサを食べたためと簡単に解説していることが多いのですが、ちょっと疑問に感じます。今の時期、東北では屋外で牧草を食べる機会はほとんどありませんし、牛自体も牛舎の中で過ごします。輸入穀物飼料や前年に収穫した干草やサイレージは、汚染されにくい状態にあります。ただ、牛舎は屋内といっても比較的通気性がよいですから、呼吸により乳牛が放射性物質を吸い込むことは考えられます。また、牛は1日に50リットルもの水を飲むので、牛の飲み水の放射能汚染も気になります。


 今回取り上げた話題は、今後しばらくの間は状況の推移を注意深く見守る必要があるものです。とくに放射能汚染については、さらに被害が拡大することも危惧されますし、牛乳だけにとどまらず、食肉や鶏卵といった他の畜産物への影響も気になります。昨年、口蹄疫の発生により和牛の輸出が停止しました(No.74「口蹄疫と和牛肉」参照)。農畜産物の安全と安心は長い時間をかけて築かれるものですが、一瞬にして失われる場合があります。

 現在、食品の放射能汚染については、色々な情報が錯綜しています。いわゆる風評被害も深刻な問題となっていますので、正しい情報入手が重要です。世界保健機関(WHO)は、3月19日に「よくある質問:日本の核危機以降の食品汚染の懸念」(PDF:250KB)を公表するなど、科学的な情報発信に努めています。この種の信頼できる情報をご活用ください。


 本稿は、2011年3月25日 の時点における情報に基づいて執筆したものです。急速な状況展開も予想されますので、最新の情報にご注意ください。政府関係のホームページでは、首相官邸内閣府食品安全委員会農林水産省厚生労働省が関連情報を発信しています。

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166:ブラウンスイスミルク(2014/06/10)
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90:『ミルク世紀』(2011/04/11)
74:口蹄疫と和牛肉(2010/08/10)
45:想いやり生乳と加熱殺菌乳(2009/05/25)
30:バナナダイエットブームで品薄(2008/10/10)
20:バター不足と食料危機(2008/05/12)
食品のトピックス | 14:37 | 2011.03.25 Friday |