2011.04.11 Monday
『ミルク世紀』
No.90
前回の「震災と牛乳」に続いて、今回も牛乳関連の話題です。先日の大地震の少し前(2011/2/26)に、『ミルク世紀』という本が出版されました。
『地震イツモノート』などの著書があるイラストレーターの寄藤文平氏と、「チーム・ミルクジャパン」によるかなり新鮮な「絵本」風の本です。早目に購入すると、魅力的な特製シール(下写真)も付いてきます(シールは数に限りがあるそうです)。
本の帯に「牛乳を飲め!」とありますが、牛乳消費を強引に迫っていない内容に好感がもてます。この本の「はじめに」によると、全国の酪農家がつくる中央酪農会議の草の根運動ミルクジャパンから生まれた「もっと牛乳飲んでくれ!」という趣旨の本とのことです。なお、2010年10月に発足したミルクジャパンは、「牛乳が日本を元気にする。」をスローガンに、子育てに奮闘する母親を支援する社会的な運動の発展を目指しています。
おそらくこの本を読むのは牛乳好きな方が多いでしょうから、直接的に牛乳の消費拡大には役立たないかもしれません。ただ、牛乳が好きな方も嫌いな方も、楽しめる内容だと思います。「絵本」なので、内容を言葉で伝えるのは難しいのですが、コラム「おっぱい図鑑」には、いろいろな動物のおっぱい(乳房と乳頭)が楽しいイラストで書かれており、勉強になりました。ちなみに乳頭数が多い代表的な動物はブタで、14個もあります。また、「豚乳」はけっこう甘くて美味しいそうです。
私が一番注目した章は「ミルクラボ」で、「牛乳の可能性を開拓」するために、いろいろなブレンド実験を行った結果が示されています。しょうゆ、みそ、りんご酢、酢、ジンジャーエール、コーラ、ケチャップ、マヨネーズ、タバスコ、ウスターソース、ビール、野菜ジュース、バルサミコ酢、わさび、ナツメグ、ガラムマサラ、カルダモン、クミンといったものを検討しています。ちょっとした研究と言える内容です。かなり牛乳のおいしさがアップする組み合わせもあるようです。気になる方は、この本を購入するか、自ら実験してみてください。私も、いくつか試そうと思っています。
私は、乳・肉・卵といった畜産食品を研究対象としていますが、正直に申し上げると、牛乳はそれほど好きではありません。しかし、牛乳からつくられるヨーグルトやチーズといった乳製品は、かなりの好物といってよいでしょう。牛乳をコップに入れられて、目の前に出されれば飲みますが、残念ながら「おいしい!」とは感じません。前々から思っていたのですが、肉や卵の場合、味付けせずに食べるということはまずありませんが、牛乳はそのまま飲みます。もし、肉や卵を加熱調理しただけで食べる習慣があったら、私の好物とはならなかったでしょう。牛乳も、肉や卵のように適度に味付けをすれば、おいしくなる食品なのではないでしょうか。『ミルク世紀』に載っている牛乳をしょうゆやみそで味付けするという試みは一見奇抜ですが、価値のある検討だと思います。小学校の給食では、牛乳嫌いの子も「ミルメーク」を入れた牛乳を興奮して飲んでいたのを思い出します。牛乳は、味付けすればおいしくなる食品素材に違いありません。
ところで、「おいしい牛乳」という製品がありますが、これは普通に売られている牛乳があまりおいしくないということの表れなのかもしれません。「無殺菌乳」や「低温殺菌乳」については、以前解説したことがありましたが、私もこれらは好きです。スーパーの店頭に並べられている大部分の紙パック入りの牛乳は超高温殺菌乳で、残念ながら生乳のもつ本来のおいしさが失われています。
『ミルク世紀』には、世の中の雰囲気として「何かに牛乳を混ぜるのはOK。牛乳に何かを混ぜるのはNG。」と書かれていますが、鋭いところを突いた指摘です。「コーヒー牛乳」や「フルーツ牛乳」といった類は、おいしい飲み物ですがちょっと邪道のような目で見られていないでしょうか。なお、2003年以降、「飲用乳の表示に関する公正競争規約」により、生乳100%のものだけが「牛乳」と表記できるようになったため、コーヒー牛乳は「コーヒー入り乳飲料」となっています。なかなかコーヒー牛乳を越える乳飲料が誕生しないのは、なぜでしょうか。あまり牛乳という飲み物を神聖視せずに、自由な発想で、おいしい飲み方の提案や、おいしい乳飲料の開発をしてみてはいかがなものでしょうか。
もうひとつ触れておきたいことに、牛乳の容器があります。牛乳の紙パックは飲みにくい(面倒くさい)という声を時々耳にします。カルピスの希釈の手間を省いただけのカルピスウォーターが爆発的なヒット製品になったことを考えると、飲料では手軽さも重要なポイントでしょう。現在では、ペットボトルに入れた牛乳を製造・販売することもできます。まだ、あまり目にすることはありませんが、下の写真のような牛乳が一部にはあります。なお、写真の「大崎・たじりのジャージー牛乳」は、宮城県大崎市の「ハートフルランド・ジャージー牧場」の製品です。ペットボトル入りというだけでなく、「ジャージー牛乳」と「低温殺菌」というセールスポイントがあります。私も飲んでみましたが、かなりおいしい牛乳です。
中央酪農会議は、ミルクジャパン発足前の2005年から2009年にかけて、牛乳離れを食い止めるために「牛乳に相談だ。」というキャンペーンを行いました。このときは、若い中高生をメインターゲットとして、5年間で40億円を投じ、テレビCMなど幅広い活動を行いました。キャンペーンの認知度や好感度は高かったものの、牛乳消費の改善には至りませんでした。
日本酪農乳業協会も、牛乳・乳製品の消費拡大の活動を行っている業界団体です。2008年に展開した「ミルクって、サプリかも。」の広告は、日本雑誌広告協会「第51回日本雑誌広告賞」の飲料・嗜好品部門で金賞を受賞しています。このように、牛乳の消費拡大のための活動自体は高く評価されることが多いのですが、実際の消費拡大につながっていないところが実に悩ましいところです。
業界では、牛乳消費の低迷を大きな問題としてとらえています。しかし、日本における牛乳の年間消費量は、主食である米の1.3倍もあり、依然として健闘しているとも言えます。「ミルクって、サプリかも。」という広告コピーもそうですが、これまで牛乳のよさは「健康」を強く前面に押し出してきました。牛乳摂取と健康の関係については様々な議論がありますが、多くの方はすでに体によさそうな食品だと認識しているのではないでしょうか。それでも牛乳を飲まない方に飲んでもらうというのは、たいへんなことだと思います。また、皆さん、学校給食で牛乳をかなり長い間飲んでいますから、「飲まず嫌い」ということもありません。
『ミルク世紀』というせっかくの好著の出版直後に、大地震が起きてしまいました。震災の影響で、牛乳・乳製品の品薄が起きていますし、牛乳の放射能汚染も報道されています。今回の震災は、牛乳消費にとってもしばらくの間は向かい風になりそうです。『ミルク世紀』の出版を含むミルクジャパンの新たな活動が、牛乳消費にどう影響するかを、時間をかけて見守りたいと思っています。
食品のトピックス | 15:34 | 2011.04.11 Monday |