2011.06.11 Saturday
ビフィズス菌はデリケート
No.94
ヨーグルトなどの発酵乳は、主に乳酸菌の働きを利用して作られます。こういった発酵乳の中には、「ビフィズス菌」を用いている製品も結構あります。スーパーやコンビニの棚には、下の写真にあるような製品をよく見かけます。
ビフィズス菌を顕微鏡で観察すると、Y字状に枝分かれした特徴的な形態のものが見つかります。このため、ラテン語で「分岐」を意味する「bifid」(ビフィッド)に由来した名前が付けられました。なお、ビフィズス菌の正式名称は「Bifidobacterium」(ビフィドバクテリウム)です。
ビフィズス菌は健康なヒトや動物の糞便に多く検出される微生物で、宿主の健康と密接なかかわりをもっています。整腸作用を始めとする保健的機能に関する研究が多く行われ、特定保健用食品などにも盛んに利用されています。
ところで、「乳酸菌」と「ビフィズス菌」の関係をご存知でしょうか。ビフィズス菌は乳酸菌の一種(仲間)と説明されることもありますが、乳酸菌とビフィズス菌はずいぶん性質の異なる微生物です。乳酸菌自体が学術的に厳密な定義がされている微生物ではありませんが、大きな特徴として「消費した糖から50%以上の乳酸を産生する」というものがあります。この「乳酸」という物質がヨーグルトなどの発酵乳に爽やかな酸味を与えています。一方のビフィズス菌は乳酸よりも「酢酸」を多く産生します。残念ながら酢酸(酢)は牛乳との相性があまりよくなく、ビフィズス菌だけで美味しいヨーグルトを作ることはできません。このため、パッケージに「ビフィズス菌」と書かれているヨーグルトも、ビフィズス菌以外の乳酸菌を併用して美味しい製品にしています。
多くの乳製品に利用されているビフィズス菌ですが、実はかなり取り扱いが面倒な微生物で、この点も乳酸菌とはちょっと違うところです。 もともと酸素の少ない腸管内に棲息しているビフィズス菌は、酸素を嫌う微生物 (偏性嫌気性菌) です。 ですから、通常の乳酸菌のように扱うと、増殖しなかったり、短期間で死滅してしまったりしてしまいます。 生きたビフィズス菌の効果を期待するために、ヨーグルトなどでは、様々な工夫がされています。 たとえば、紙製の容器は通気性があるため好ましくなく、酸素を透過しにくいプラスチック容器 (写真左) や多重構造の紙容器 (写真右) が使わています。
「ミルミル」という製品の容器は、一見特別なものには見えませんが、「ポリエチレン−紙−ポリエチレン−アルミ箔−ポリエチレン」という5重構造の特殊な資材が使われています。また、製品を手にとって振ってみるとわかりますが、空気がまったく入っていません。これもビフィズス菌の嫌う酸素を排除するための工夫のひとつです。
もうひとつ、ビフィズス菌のやっかいな性質として、酸に対して弱いというものがあります。 ヨーグルトなどの発酵乳は酸を多く含むので、製品中でビフィズス菌が弱まってしまうこともあります。 また、私たちがビフィズス菌を摂取すると、胃酸で殺されてしまうこともあります。 これでは、せっかくのビフィズス菌が腸管内で活躍することができません。
ビフィズス菌の中には比較的酸に強いものもあるため、このような菌株を使用している製品もあります。さらに積極的にビフィズス菌を酸から守るために、「カプセル」技術が利用されています。多くの方がもっているカプセルというイメージとは違うかもしれませんが、ビフィズス菌を特殊な皮膜で覆ってやると、胃酸から守ることができます。森下仁丹の「ビフィーナ」は、カプセル化したビフィズス菌を使用したサプリメントで、パッケージには「胃酸に負けず腸まで届く」とうたわれています。
パッケージには、下の写真のようなカプセルの構造を説明した図があります。これによると、2層の植物性素材がカプセル(耐酸性ダブルプロテクトカプセル)を形成して中心にあるビフィズス菌を酸から守っているようです。
この森下仁丹が開発したビフィズス菌のカプセル技術は、雪印メグミルクの製品にも利用されています。写真左がのむヨーグルトで、写真右が通常のヨーグルトです。パッケージには、「森下仁丹(株)との共同開発商品」とあります。
これらの製品を食べてみると、カプセルの存在が口の中でちょっと気になります。直径1〜2mm程度のものですが、私の場合は歯で噛んでつぶしたくなってしまいます。もちろん、カプセルが破壊されると、せっかくの耐酸性が失われてしまいます。ただ、ビフィズス菌が入っているという実感があるので、カプセルを使うメリットも色々とあるとは思います。なお、このヨーグルトを水洗いして、カプセルだけを取り出して観察したのが下の写真です。形態的にかなり均一なカプセルが使われているので、ビフィズス菌もよく守られているかもしれません。
森永乳業の「ビヒダス」は、日本で最初にビフィズス菌を利用した発酵乳です。この製品が登場するまでは、海外でもビフィズス菌を利用した食品は少なく、森永ビヒダスの開発は発酵乳の歴史において大きな出来事であったと言えるでしょう。現在、ビヒダスに用いられているビフィズス菌BB536は、世界30か国以上で食品に使用されているそうです。
今回は触れませんでしたが、ビフィズス菌が良好に増殖するためには、栄養条件も整える必要があります。オリゴ糖を中心とする「ビフィズス菌増殖因子」とよばれる物質に関する研究も多く行われてきました。私たちの研究室でもこの種の研究を進めており、ビフィズス菌増殖促進作用を有する新規ペプチド(Glu-Leu-Met)などの発見につなげています。
食品のトピックス | 10:34 | 2011.06.11 Saturday |