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トピックス

北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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牛乳美人

No.97


 先日、スーパーの牛乳・乳製品売り場で、「牛乳美人」なる製品を見つけました。牛乳を原料とする美容によいサプリメントの類かと思いましたが、手にとって説明を読んでみるとちょっと違ったコンセプトの製品でした。


 パッケージ裏面の説明によると、「牛乳美人」はビタミンやミネラルを含む粉末で、これを牛乳に加えると牛乳に不足している栄養素が補われるということです。牛乳は栄養豊かな食品であるのは確かですが、ビタミンCや鉄といった成分が少ないので悪くはないことかと思います。いちご風味コーヒー風味があり、牛乳に溶かすと結構美味しい飲み物になります。ただ、冷えた牛乳には溶けにくいのが気になりました。


 ところで、「完全栄養食品」という言葉を聞いたことがある方もいると思います。仔牛が牛乳だけで育つことや、鶏卵中の栄養素だけを利用してヒヨコが誕生することから、牛乳や鶏卵を完全栄養食品だとする記述を目にすることもあります。しかし、私たち人間にとって完全栄養食品と言えるものは存在しません。私たち人間にとって牛乳が完全栄養食品ではないのは当たり前のことで、下にあげた書籍のように必要以上に強調するようなことではありません。


 牛乳は仔牛にとっては完全栄養食品と言えそうですが、仔牛の成長に伴って牛の乳組成はかなり変化していきます。したがって、常乳と呼ばれている市販の牛乳は、仔牛にとってさえも完全栄養食品ではありません。詳しくは、「たたかう初乳」(フード・ペプタイドトピックスNo.40)をご覧ください。


 下の表は、いくつかの動物の乳組成をあげたものです。毎年、講義で学生諸君に説明しているものですが、動物種によって乳組成がずいぶん違うことは実に興味深いことです。クジラなど特殊な環境に生息する動物は別にしても、イヌやネコもウシとはずいぶん乳組成が異なっています。仔犬や仔猫を牛乳で育てるのが難しいことがわかります。


 牛の場合、品種によっても乳組成はかなり異なり、ホルスタイン種の乳は薄く、ジャージー種の乳は濃いことが知られています。詳しくは、「ジャージー牛乳とジェラート」(フード・ペプタイドトピックスNo.76)をご覧ください。牛乳の組成は季節によっても変わります。下に示したのは、市販の牛乳パッケージ(新札幌乳業株式会社「厚別牛乳」)に記載されているものですが、乳脂肪分と無脂乳固形分含量(%)のいずれも夏季に低下しています。


 品種や季節により乳組成が変動するとは言うものの、牛乳はかなり均質な原料が得られる食品です。差別化(特徴付け)がなかなか難しい食品でもあるため、上にあげた「厚別牛乳」のようにパッケージの記載情報における工夫は大切だと思います。以前(No.60「宇宙を旅したヨーグルト」)、四国の「ひまわり乳業」の「高知育ち乳しぼりをした日がわかる低温殺菌牛乳」を紹介したことがありましたが、この牛乳の場合は「搾乳日」をパッケージに印字しています。


 「牛乳」は、搾った牛の乳を加熱殺菌したものだけに許される表示で、何も添加することができません。何らかのものを添加した場合は、「加工乳」や「乳飲料」と表示することになります。スーパーに並んでいるパッケージは、通常の牛乳とよく似ているので、「牛乳」と「加工乳」・「乳飲料」の違いをあまり気にしない方もいるかもしれません。生乳を主原料とし、脱脂乳やクリームなどの乳製品を加えたものが「加工乳」で、乳製品以外成分の添加により栄養素の強化などを行ったものが「乳飲料」です。下の写真にある4つの製品は、いずれも乳飲料です。


 これらの製品は、すべて「炭酸カルシウム」、「ピロリン酸鉄」、「ビタミンD」が加えられています。また、3製品には「葉酸」と「ビタミンB12」が入っており、かなり似たコンセプトの製品です。もともと牛乳にはカルシウムが多く、しかもその吸収を促進する成分も存在するため、カルシウム供給源として優れた食品です。これらのカルシウムを強化した乳飲料は、元来牛乳がもっている機能をよりいっそう高めたものです。なお、「カルシウムと鉄分の多いミルク」と「明示ラブ」には「栄養機能食品」の表示があり、「森永カルシウムの達人」は「特定保健用食品」となっています。


 牛乳は良質なタンパク質をはじめとする多くの栄養素を含む優れた食品のひとつであるのは間違いありません。しかし、完全栄養食品などではありませんから、適度に食生活に取り入れてバランスのよい食事を摂るのが基本です。牛乳を特別に優れた食品だとして極端な量を摂取することも、ヒステリックな「牛乳有害論」に惑わされる必要もありません。


 先日、中国で人間の母乳代わりになりうる乳を作る「遺伝子組み換え乳牛」を誕生させたというニュースがありました。人間の乳児の健全な成長に寄与する技術として発展することを期待する一方で、かなり不安も感じさせる話です。母乳はデリケートな乳児が摂取するものだけに、実用化前に慎重な作業を重ねてもらいたいものです。食品における遺伝子組み換え技術の利用には慎重な国が多いですが、中国政府はずいぶん積極的な様子で、この牛乳(人乳?)も今後3年以内の市場化を目指しているそうです。

この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
229:大人のための粉ミル(2017/01/25)
194:ライスミルク(2015/08/10)
181:牛乳の気になる噂(2015/01/26)
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114:リラックスミルクとテアニン(2012/04/10)
113:ラクトフェリンは多機能タンパク質(2012/03/26)
101:山羊乳の魅力(2011/09/26)
90:『ミルク世紀』(2011/04/11)
89:震災と牛乳(2011/03/25)
76:ジャージー牛乳とジェラート(2010/09/10)
45:想いやり生乳と加熱殺菌乳(2009/05/25)
40:たたかう初乳(2009/03/10)
食品のトピックス | 12:58 | 2011.07.25 Monday |