<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

トピックス

北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

<< 牛乳美人 | main | ポテトチップスとトランス脂肪酸 >>

馬肉の魅力

No.98


 北里大学獣医学部のある青森県十和田市の周辺は、馬の生産地として古くから栄え、かつては多くの名馬を世に送り出してきました。十和田市馬事公苑は、その栄光の歴史を今日に伝えています。現在でもこの地域では、比較的多くの馬が飼育されています。

 古くからの馬産地であったため、十和田市周辺では馬肉が割合とよく食されています。日本で食べられている食肉は、牛、豚、鶏のものが圧倒的に多く、これらに次いで羊肉や馬肉が消費されていますが、その量は多くありません。日本で馬肉生産が盛んなところは、熊本県、福島県、福岡県、そして青森県ですが、これらの地域では馬肉料理も好まれています。熊本を訪れたときに驚いたのですが、デパートの精肉売り場には大量の馬肉が並べられており、さすが馬肉生産トップ県だと感じました。


 十和田市にも馬肉料理店があり、私も十和田ならではのものが食べたいというお客さんを時々お連れしています。ただ、「馬肉はちょっと・・・」という方もおられます。下の写真の書籍『ウマの動物学』(近藤誠司, 東京大学出版, 2001)には、「ウマを食べる ―隠れたウマの利用としての肉生産」という一節があります。「ウマの肉利用は複雑な様相を呈する」という書き出しで、宗教や民族などによる馬肉食の忌避状況について解説しています。そもそも人類の最初のウマ利用は食用であったということなので、今日の状況に至った道筋は複雑です。しかし、ウマが伴侶動物として重視されている国で馬肉食が忌避されるのは自然なことでしょう。また、イギリスやアメリカでは強く忌避されているのに対し、フランスやベルギーでは馬肉食が一般的なものとなっているのは興味深いところです。


 さて、日本での馬肉の食べ方ですが、やはり下(左)の写真にあるような「馬刺し」が代表的なものでしょう。もちろん、馬肉料理店に行くと、様々なメニューが用意されています。私は、十和田市内にある店で「義経鍋」なるものを初めて見ました。下(右)の写真にあるように上下二段構造の鍋で、上方で鍋を、下方で焼肉を楽しむことができます。最初はてっきり馬肉を食べるための特別な鍋だと思いましたが、そういうわけではないようです。


 馬肉食の是非はひとまず置いておくことにして、馬肉の食肉としての特徴を見ることにします。馬肉を一見してわかるのは、その強い赤色です。一般に食肉の赤い色調は、色素タンパク質である「ミオグロビン」の存在量に依存しています。ミオグロビンはその構造中に鉄原子を含んでいるので、赤い色が強い食肉ほど多くの鉄を含んでいます。家畜の品種や食肉の部位によっても異なりますが、馬肉は豚肉や鶏肉よりもかなり多くの鉄分を含んでいます。また、吸収しやすい形(ヘム鉄)で存在することからも、馬肉は鉄の供給源として優れています。


 糖質(グリコーゲン)含量が多いのも馬肉の特徴です。下の表に分析例を示しましたが、馬肉には牛肉や豚肉の3〜5倍程度のグリコーゲンが含まれています。この違いは馬肉の味にも影響していると言われており、高グリコーゲン含量による甘味が馬刺しの美味しさに寄与しているとされています。なお、馬肉は加熱により硬くなりやすいという性質や馬肉脂肪の融点の特徴(後述)も重要であり、馬肉が刺身として好まれる理由は複雑です。


 少し難しい話になりますが、脂肪の「融点」は食肉の種類によって異なり、それが食肉の嗜好性にも影響しています。融点は、固体が融解し液体化する温度です。融点の低い植物油は冷蔵庫内でも液体ですが、融点の高い食肉脂肪は常温でも固体です。主な食肉脂肪の融点を、下の表にまとめました。馬脂は牛脂よりも融点が低く、人間の体温で溶けます。このことは、馬刺しは口の中でとろけるような食感を与えるのに対し、牛刺しはそうではないことを示しています。また、豚肉は生で食べられることがほとんどない食肉ですが、その低めの融点はハム・ソーセージの原料として重要な性質です。豚肉から作ったハム・ソーセージは、冷たい状態で食べても豚脂の融点が低いためによい食感を与えます。


 脂肪は、「脂肪酸」とよばれる物質を重要な構成成分としています。脂肪酸には、「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」がありますが、融点は不飽和脂肪酸が多くなると低くなります。常温でゴマ油が液体であるのに対しラードが固体なのは、不飽和脂肪酸含量の違いによるものです。ついでに言うと、和牛(黒毛和種)の脂肪は牛の中では比較的不飽和脂肪酸が多いので融点が少し低く、和牛肉の美味しさにも関わっています。最近では、「みえ黒毛和牛」のように低融点の脂肪を積極的にPRしている牛肉も見かけます。


 馬肉は食肉としての消費量が少ないこともあり、詳しく解説している書籍は見当たりません。ウマ全般に関しては、上で紹介した『ウマの動物学』が好著だと思います。また、下にあげた『馬の百科』(あすなろ書房, 2008)は、全50巻からなる「知のビジュアル百科」シリーズの一冊です。残念ながら、馬肉については触れられていませんが、馬と人間の関係について広範に解説しています。もちろん「ビジュアル百科」ですから、豊富なわかりやすい写真で構成されています。馬という動物に関心を持っている方にはお勧めの一冊です。


この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
146:お肉検定(2013/08/10)
143:『馬肉新書』(2013/06/25)
107:羊の本(2011/12/26)
101:山羊乳の魅力(2011/09/26)
92:青森シャモロックホームズ(2011/05/10)
84:『ぶた にく』(2011/01/11)
80:奥入瀬ガーリックポークと銘柄豚(2010/11/10)
78:もも肉でもロース(2010/10/12)
74:口蹄疫と和牛肉(2010/08/10)
35:バラ焼きの街・十和田(2008/12/26)
食品のトピックス | 11:44 | 2011.08.10 Wednesday |