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トピックス

北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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TPPと食の安全・安心

No.104


1.TPP論議
 新聞やテレビでは、TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership   Agreement, 環太平洋戦略的経済連携協定)関連の話題が盛んに取り上げられています。TPP参加国間では関税や非関税障壁が撤廃されるため、工業製品の輸出拡大という観点から経団連など財界は賛成姿勢を示しています。一方、JAなど農業関係団体は、国内農業の衰退を危惧し、TPP参加に強く反対しています。共同通信が実施した最近の世論調査(2011/11/5・6)の結果を見ると、TPP交渉参加への賛否は拮抗していました。経済誌の記事では、明確にTPP交渉参加を支持しているものが多く(下は日経ビジネス2011/11/7号)、こういった記事に目を通すとTPPも悪くないような気にさせられます。


 また、TPPに反対する意見をまとめた下のような書籍(いずれも、農文協ブックレット)を読むと、こちらはこちらでうなずける内容が多く、交渉参加は慎重にしてもらいたいという気持ちになります。TPPが関係する問題は広範ですが、ここでは「食の安全・安心」という点に絞って懸念されている事項を紹介することにします。現在あげられている主な問題として、遺伝子組換え食品、ポストハーベスト農薬、食品添加物といったものがあります。これらについては、TPP参加の重大な反対理由としてあげられていたりすることもあれば、たいして心配する必要はないという主張も見られます。



2.遺伝子組換え食品
 遺伝子組換え食品は、日本の消費者市場ではかなり抵抗を持たれている存在です。多くの大豆加工食品(納豆、豆腐など)のパッケージには、下の写真のような記載が見られます。日本では、平成13年(2001年)4月から遺伝子組換え食品の安全性審査と表示が法的(食品衛生法)に義務付けられています。ただ、遺伝子組換え食品を使用していない場合は表示する義務はなく、「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません。」等の「非使用」表示は各メーカーの判断により行われているものです。


 現在、作物では、大豆、トウモロコシ、菜種、ばれいしょ、綿実、アルファルファ、てん菜が表示義務の対象となる遺伝子組換え食品です。また、加工食品では、これらの作物を主原料とする加工食品32品目が対象となっています。詳しくは、「食品表示に関する共通Q&A(第3集:遺伝子組換え食品に関する表示について)」(消費者庁食品表示課)(PDF:286KB)等をご覧ください。

 遺伝子組換え食品の本質的な安全性についてはここでは論じませんが、 日本で不人気である現状は無視できません。 安全面だけでなく、 消費者の精神的な安心面のことも考える必要があるでしょう。 下の写真のようにあえて 「遺伝子組換え大豆使用」 という大きな表示をした挑戦的な食品も登場しましたが、 受けはよくなかったようです。


 さて、TPPとの関係ですが、「遺伝子組換え」を表示することが貿易上の障壁になるという理由で、表示義務のない米国が日本に対してその撤廃を求めるだろうとの予測があります。これが実現すると、これまで日本で行われてきた形での食の安全・安心が守れなくなるということが危惧されています。ただ、このあたりの交渉見通しには異なったものがあり、後述しますが先行きの不透明感は否めません。


3.ポストハーベスト農薬
 農薬も、日本では消費者に好まれない言葉のひとつです。下の写真は豆腐のパッケージのものですが、赤字で「化学農薬・化学肥料を使わず」と強調されています。この種の表示のある食品を好む消費者が多いということの表れなのでしょう。


 農薬の問題も、TPPを反対する理由としてあげられています。意外に思われる方もいるかもしれませんが、日本の耕作面積あたりの農薬使用量は、世界的に見てかなり高い水準にあります。高温多湿の気候により昆虫の発生が多いことや狭い耕作地で高い収量をあげる必要があることなどが関係しているようです。ただ、残留基準は米国よりも厳しく、0.01ppmの一律基準などが設けられています。

 米国にとって大きな不満のある日本の農薬使用規制に、「ポストハーベスト農薬」の問題があります。収穫後の農産物に使用する殺菌剤や防カビ剤を、ポストハーベスト農薬と言っています。収穫後に散布されるため、消費者が高濃度の残留農薬に接することの危険性(発がん性など)が指摘されています。日本ではポストハーベスト農薬の使用が禁止されていますが、一部の防カビ剤や防虫剤が食品添加物の形で認められています。TPP参加によってポストハーベスト農薬使用規制の緩和が実現すれば、高濃度の残留農薬を含む輸入農産物に接する機会が増えることになるのかもしれません。


4.食品添加物
 食品添加物も、遺伝子組換え食品や農薬のように嫌っている消費者が少なくありません。下の写真のようなパッケージがあることからもうかがえます。「みそ」よりもはるかに大きな文字で「無添加」が表示されています。ただ、食品添加物の場合、使用する明確な意義もあり、適切に使用することにより食品の安全性が確保されている面も理解していただきたい部分です。このあたりは遺伝子組換え食品やポストハーベスト農薬とは、ちょっと違うように思えます。『無添加はかえって危ない』という本をご覧になると、食品添加物使用のメリットもよくわかります。


 現在、米国で使用されている食品添加物の中には、日本で認可されていないものもあります。このため、米国通商代表部は、日本の食品添加物規制が米国産加工食品の輸入を制限していることを指摘しています(2010年外国貿易障壁報告書)。当然、TPP交渉の際にも、このような主張が米国から出てくるのでしょう。米国では約3000種類の食品添加物が認可されていますが、日本では832種類にとどめられています。1972年の食品衛生法改正の際の付帯決議で、食品添加物の使用は極力制限する方向で措置する旨の記述がされ、これが尊重されてきました。TPPへの参加により、ただちに約3000種類の食品添加物を使用した加工食品が米国から流れ込んでくることにはならない気がしますが、交渉時には日本において議論されてきた経緯を十分に主張してもらいたいものです。


5.TPP交渉の行方
 TPPと食の安全・安心について、遺伝子組換え食品、ポストハーベスト農薬、食品添加物を取り上げ、状況を簡単に解説しました。この他にも、BSE(牛海綿状脳症)対策として行われている輸入牛肉の20か月月齢制限の廃止などもあり、TPP参加に際してよく考えなければならない課題は少なくありません。

 日本をはじめとする世界貿易機関(WTO)加盟国には、科学的根拠に基づいて食の安全を確保する権利が、「衛生植物検疫措置に関する協定」などにより認められています。このことから、遺伝子組換え食品の表示や、食品添加物や残留農薬の基準といった食の安全に関わる事項について、他国(米国)から一方的に変更を求められるようなことは考えにくいという政府関係者のコメントがありました。ただ一方で、米国議会や通商代表部から発せられている文書には、米国貿易の障壁撤廃に向けての並々ならぬ意欲が示されています。

 最後に、TPP関連の書籍を紹介しておきます。かなりの数が出されているようですが、以下の2冊が割合と読みやすく、私の疑問に答えてくれる部分が多いものでした。『TPPは国を滅ぼす』(小倉正行, 宝島社新書, ¥700, 2011/5)は、農業関連についてかなり詳しく書かれており、TPPと食の安全についても丁寧な記述があります。『TPP開国論のウソ』(中野剛志責任編集, 飛鳥新社, ¥1470, 2011/5)は、TPP反対派の論客としてよく登場する中野剛志氏がまとめた本で、TPPへの参加が日本にとっていかに危険なものであることを歯切れよく論じています。食の安全に関する記述はほとんどありませんが、一読するとTPP問題の本質が理解できた気になります。


 今回は、ちょっと固い話題を取り上げましたが、これからの日本にとって重要な問題であるのは間違いなさそうです。今日(2011/11/11)、野田首相はTPP交渉に参加する方針を正式に決めました。賛成・反対はともかくとして、多くの方が今後の交渉経過に関心をもつことが大切かと思います。

この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
210:TPPと牛乳・乳製品(2016/04/11)
206:TPPと牛肉・豚肉(2016/02/10)
195:においの商標登録(2015/08/25)
141:6次産業化とレストラン「NARABI」(2013/05/27)
121:食品の「国産」表示(2012/07/25)
74:口蹄疫と和牛肉(2010/08/10)
42:ナイシンが正式認可(2009/04/10)
7:ペットフードの安全性確保を巡る情勢(2007/10/26)
食品のトピックス | 22:50 | 2011.11.11 Friday |