2011.12.12 Monday
生卵と日本人
No.106
先日、書店で『なぜ日本人だけが喜んで生卵を食べるのか』という本を見つけました。この本にも書かれていましたが、「生卵を食べるのは、日本人とロッキーだけ」というようなことが海外ではよく言われているようです。
アメリカ人を始めとする欧米人の多くは、生卵を食べるのは危険なことだと考えています。すでに古い映画になってしまいましたが、『ロッキー』では試合に備える主人公が必死に生卵を飲むシーンがあります。欧米人にとっては強烈なシーンらしく、「そこまでやるのか!」といった感じのようです。「卵がけご飯」や「すき焼き&生卵」を愛する日本人とは、ずいぶん感覚が違うのでしょう。
だいぶ前の話になりますが、私がアメリカに留学していたとき、現地に住む日本人の方々に「生卵を食べても大丈夫か?」ということを聞かれました。アメリカ人からは、生卵を食べるなど信じられないほど危険な行為だと言われたそうです。今回は、この生卵の安全性に関連する話題を取り上げることにします。
冒頭に紹介した書籍は、生卵が日本人に愛されている理由については論じていますが、残念ながら日本の生卵の安全性については言及していません。生卵の安全性を論じる場合に最も重要なのが、「サルモネラ菌」(Salmonella Enteritidis)です。サルモネラ菌は産卵鶏の腸管内に生息していることが多く、鶏が卵を産む際に糞便とともに卵殻に付着します。なお、鶏は糞尿と同じ場所(総排泄腔)から産卵するため、鶏卵と糞便との接触を避けることはできません。ただ、幸いにして、鶏卵の卵殻部はサルモネラ菌などの微生物が非常に通過しにくい構造となっています(下図)。
「卵殻」の表面は産卵時の分泌粘液が乾燥した「クチクラ」で覆われているため、「気孔」という空気の通り道からの微生物の侵入は起こりにくくなっています。仮に微生物が気孔を通り抜けても二層からなる「卵殻膜」が微生物の卵白への侵入を阻止します。ただ、卵殻膜は鶏卵の貯蔵日数とともに崩れてその機能が損なわれることが知られています。卵白にも微生物の増殖を抑制する物質(リゾチーム、オボトランスフェリン、アビジンなど)が存在します。
このような防御機構から、卵殻表面の細菌が卵内に侵入するのはかなり難しいことです。しかしその一方で、産卵時にすでに卵内がサルモネラ菌で汚染されている場合があります。サルモネラ菌が感染した産卵鶏では、卵内の卵黄膜上にサルモネラ菌が付着した状態で排卵されることがあります。このような汚染卵が、かなり低い頻度(0.03%程度)ですが発生しています。ただし、サルモネラ菌数が少ないことや、サルモネラ菌が冷蔵温度では増殖しないことから、賞味期限内の生卵を食べて食中毒になる心配はありません。
1998年(平成10年)から、殻付き卵には賞味期限が表示されるようになりました。殻付き卵の場合の賞味期限は「生で食べられる期限」を示しています。現在、殻付き卵のパッケージの中には、「賞味期限」あるいは「生食賞味期限」が記載された紙片が入っています。最近では賞味期限を卵殻に直接印字している場合も結構あります。
さらに、下に示したような「保存方法」と「使用方法」についても記載されています。かなり小さい字なので、読んだことがない方もいるかもしれません。しかし、これにしたがっていれば、生卵を食べて食中毒になることはまずありません。
最近、宮崎県(8月)や沖縄県(12月)で、生卵の摂取による食中毒で死者が出たことが報じられ、気になっている方もおられることでしょう。いずれの事例も、サルモネラ菌が原因と見られています。宮崎県では70代女性が、沖縄県では8歳男児が亡くなっており、抵抗力の弱い高齢者や子供ということも関係していそうです。これらの食中毒の発生を受けて、農林水産省は注意を呼びかけています。そこでも、2才以下の乳幼児や高齢者、妊娠中の女性、免疫機能が低下している人は生卵を避けるようにとの記載があります。また、細かい注意点として、冷蔵庫での保存はドアポケットではなく温度変化の少ない場所に置くことを勧めています。
昨年8月に、アメリカでは数百人規模の鶏卵サルモネラ菌による食中毒が発生し、生産会社による自主回収が行われました。海外で生卵を食べるリスクはどの程度のものでしょうか。日本のように生食を前提とはしていない国が多いので、安全性に関する情報が乏しい国では避けるのが無難だと思います。アメリカなどでは乳製品のような紙パックに入った「液状卵」をよく見かけます。このような液状卵は加熱殺菌済みですので、サルモネラ菌などによる食中毒の心配はありません。ただ、割りたての新鮮卵とは風味がかなり異なりますので、日本人には満足度が低いかもしれません。
最後に、今回の話題に関連した情報を得るのに役立つホームページをあげておきます。卵全般にわたる情報は、「たまご博物館」や財団法人日本養鶏協会のホームページが有用です。サルモネラ菌などによる食中毒に関する情報は、農林水産省や厚生労働省のホームページに掲載されたものが最新かつ信頼できます。農林水産省の「食中毒から身を守るには」からは、食中毒全般についてのわかりやすい情報が発信されています。
食品のトピックス | 14:08 | 2011.12.12 Monday |