2012.05.25 Friday
不凍タンパク質と食品
No.117
「不凍タンパク質」をご存知でしょうか?1969年に、南極に生息するノトセニアという魚の血液中に、不凍タンパク質が存在することが発見されました。普通の魚はマイナス0.7℃で凍ってしまいますが、ノトセニアはマイナス2℃の南極の海でも凍らずに活動できるそうです。極寒の海にいる魚がなぜ凍らないのかという疑問が、このタンパク質の発見につながりました。その後、不凍タンパク質は、冬ライ麦などの植物や、キノコ、細菌、昆虫、カエルなど、様々な生物からも見つかりました。
不凍タンパク質は、水が凍り始めるときにできる微細な氷の結晶に結合する性質があります。通常は、小さな氷の結晶同士が結合して大きくなっていきますが、不凍タンパク質はこれを妨げるため、大きな氷の結晶ができません。正確に言うと、凍らないわけではなく、非常に小さな氷の結晶の状態で留まっているということになります。
氷の結晶が大きくなると、細胞が破壊されてしまい、多くの生物は生きることができません。植物に存在する不凍タンパク質は、氷の結晶が大きくなること以外に、乾燥に耐えるためにも存在すると考えられています。不凍タンパク質が水(氷)と結合することにより、水分が体外に失われるのを防ぎ乾燥から身を守っているようです。
最近、不凍タンパク質の食品への利用が注目されています。 オランダのユニリーバ社は、魚由来の不凍タンパク質遺伝子をパン酵母に形質転換し、組み換え不凍タンパク質を作ることに成功しました。 この組み換え不凍タンパク質を利用したアイスクリームが、米国やオーストラリアでは2006年から販売されています。 2009年にはEU地域でも食品への使用許可が得られているので、さらに市場が拡大しそうです。 不凍タンパク質をアイスクリームに利用すると、滑らかな食感が得られると共に、安定した氷結晶の状態によりアイスクリームが溶けにくいという効果もあるとのことです。
日本では、株式会社カネカと関西大学・河原秀久教授の共同研究により、カイワレ大根由来の不凍タンパク質が、実用化されました。日本では不人気な遺伝子組み換え技術は利用せず、直接カイワレ大根から抽出した不凍タンパク質を製品としています。大根などアブラナ科の冬野菜の多くには、不凍タンパク質が存在します。大根の場合、冬場に収穫される大根葉にのみ不凍タンパク質が検出されます。年間を通して安定的に供給される原料を探したところ、カイワレ大根に行き着いたそうです。特許出願書を見ると、収穫後のカイワレ大根を低温保存すると不凍活性が上昇するとあり、興味深い現象です。
カイワレ大根から抽出した不凍タンパク質は、「クリスタキープ」という商品名でカネカから販売されていますが、大手生麺メーカーの業務用冷凍麺に採用され、今年3月から本格販売が始まっています。凍結麺の製造に不凍タンパク質を利用すると、解凍したときに弾力性など食感に優れた麺ができるとのことです。
不凍タンパク質の効果は、冷凍ご飯、ギョーザの皮、ピザ生地、刺し身、食肉など、様々な食品で確かめられています。解凍時の食感改善や肉汁減少など、冷凍食品を中心に有効な技術となりそうです。不凍タンパク質の食品以外の用途としても、生体材料(細胞、臓器など)の凍結保存剤などが考えられており、今後の展開が楽しみな素材です。
この記事の作成には、以下の資料を参考にしました。
(1)「不凍たんぱく質応用進む」 日本経済新聞 2012.4.29.
(2)「カイワレ大根由来不凍タンパク質の実用化」
関西大学プレスリリース 2012.3.12.
(3)「カイワレ大根由来の不凍活性を有する抽出物」
公開特許公報 特開2007-153834.
食品のトピックス | 12:29 | 2012.05.25 Friday |