2012.06.25 Monday
甘い牛乳
No.119
今年3月に、雪印メグミルクから「ミルクの甘さで砂糖ゼロ」と表示されたカップ乳飲料が発売されました。
この「ミルクの甘さ」とは何のことなのでしょうか。パッケージの背面には、下に示したようなことが書かれています。どうやら牛乳に含まれている「乳糖」という成分を分解して甘くしているようですが、それでどうして甘くなるのでしょうか。
水分以外で、牛乳に最も多く含まれる成分は「乳糖」(ラクトース)と呼ばれる糖質です。乳糖は牛乳に4.5%程度存在しますが、甘さの乏しい糖であるため、牛乳を口に含んだときに甘いと感じる方は少ないでしょう。乳糖の化学構造は下の図に示したようなもので、「ガラクトース」と「グルコース」という2つの糖が結合しています。乳糖に、ラクターゼ(乳糖分解酵素)という酵素を作用させて分解させると、これらの2つの糖になります。
グルコース(ブドウ糖)は乳糖よりも4.5倍も甘く、ガラクトースも乳糖より甘いことが知られています。そのため、乳糖を分解した牛乳(乳糖分解乳)は、ほのかな甘さが感じられます。冒頭に紹介した製品の「ミルクの甘さで砂糖ゼロ」というコンセプトは、この乳糖分解乳を利用することにより実現しています。
乳糖分解乳自体はかなり古くから市場に出回っている製品で、日本では1978年に発売された「アカディ」(下写真左)がよく知られています。なお、「アカディ」は2009年に「おなかにやさしく」という製品名(写真中央)に変わっています。乳糖加水分解乳は、欧米でもよく見かける製品で、とくに米国の「Lactaid」(写真右)が有名です。
このような乳糖分解乳は、甘味の強いグルコースとガラクトースのために少し甘くなっていますが、実はこれらの製品の最大の存在意義はその味(甘さ)ではありません。「おなかにやさしく」という製品のパッケージには、下のような記載があります。
牛乳を飲むと、お腹の調子が悪くなるという方がいます。その多くは「乳糖不耐症」と呼ばれるもので、小腸の乳糖分解酵素の活性が低いために、摂取した牛乳中の乳糖が十分に分解されないことに起因します。未分解の乳糖が大腸に到達すると、大腸内の浸透圧が上昇して浸透圧性下痢症が発生したり、大腸内の微生物が乳糖を利用して酸やガスを生成して腹痛や下痢をもたらしたりします。「おなかにやさしく」のパッケージには、下に示した記載も見られます。
日本人は乳糖を分解できない乳糖不耐症が多いと言われていますが、本来哺乳動物は乳児期だけ乳を飲み、その後は乳を飲むことはありません。したがって、離乳後は小腸の乳糖分解酵素は不必要になり、その活性が失われるのは理にかなったことです。欧米人で乳糖不耐症が少ないのは、大人になっても乳糖分解酵素の活性が高く維持される突然変異が起こり、これが乳を利用していた民族にとっては有利に働き、長い間に集団全体の中で優位を占めるに至ったと考えられています。
ところで、米国のスーパーマーケットやドラッグストアに行くと、多くの乳糖分解乳関連製品や乳糖分解酵素の錠剤などを目にします。乳糖不耐症の比率が低いにもかかわらず、これらの製品が大きな市場を形成していることは、一見不思議に感じられます。しかし、欧米人の食生活における牛乳・乳製品の重要性を考えると、牛乳・乳製品を摂取できない不都合さは私たち日本人以上に大きなものがあるのでしょう。下の写真は米国のLactaidブランドの製品で、錠剤のものは牛乳・乳製品を摂取する際に服用し、シロップは牛乳などに滴下して使用します。
以前は、牛乳を飲み続けても小腸の乳糖分解酵素の活性が上昇することはないため、乳糖不耐の症状が改善されることはないと説明されることが多かったようです。しかし、近年になって、継続した牛乳の摂取により腸内細菌叢が変化し、小腸で乳糖を分解する乳酸菌(Lactobacillusなど)のような微生物が増えるという報告も見られるようになりました。
食品のトピックス | 12:01 | 2012.06.25 Monday |