2013.10.10 Thursday
モンゴルの「白い食べ物」
No.150
モンゴルは、畜産食品を研究対象とする私にとっては、ずっと気になる国でした。しかし、これまで訪れる機会が得られませんでした。モンゴル国立大学との共同研究の話が持ち上がり、先日(2013/9)、念願のモンゴル訪問が実現しました。成田から首都ウランバートルは、直行便だと5時間程です。遠いと思っていたモンゴルは、案外近い国でした。
モンゴル語で「白い食べ物」と呼ばれるのは、乳製品のことです。それに対する「赤い食べ物」は、肉製品のことです。古くから遊牧民の食卓は、羊、山羊、馬、牛、ラクダといった五畜の生産物(乳製品と肉製品)により成り立っていました。モンゴルの家畜は、圧倒的に羊(1,810万頭)と山羊(1,760万頭)が多く、牛(260万頭)や馬(230万頭)が続いています。場所によっては、ラクダ(30万頭)も重要な家畜です。
首都ウランバートルは想像よりも、はるかに近代化が進んだ都会でした(下写真)。ケンタッキーフライドチキンといったファーストフード店やブランドショップの類も多く目にしました。都会の住人の食生活は、遊牧民の伝統的なものとはだいぶ変わったようです。それでも、乳と肉が食生活の中心ではあり続けているようです。
近代的な景観のウランバートル中心部から、車で1時間も走ると、広大な草原が広がり、そこには私がイメージしていたモンゴルの景色がありました。
モンゴル国立大学のTsevegsuren教授に連れていっていただいた草原のゲルでは、「白い食べ物」と「赤い食べ物」を堪能することができました。2〜3月に出産シーズンを迎える家畜たちの搾乳は6〜8月にピークを迎え、遊牧民は乳製品を中心とした食生活となります。ここでは、遊牧民の夏の主食と言える「白い食べ物」、すなわちモンゴルの乳製品を紹介します。
ゲルに招かれると、まず、塩味のミルクティー「スーテイチャイ」と馬乳酒「アイラグ」が振舞われます。大きな茶碗になみなみと注がれる液体の量に、最初はとまどいました。なんとか飲み干すとまた注がれるので、いつまでも茶碗にはミルクティーと馬乳酒が満たされています(下写真)。
「アイラグ」と呼ばれる馬乳酒は、大きな牛皮製の袋の中で作られます(下写真)。毎日、激しく攪拌するため、皮袋は5年ほどで穴が開き交換するそうです。乳酸菌と酵母による発酵によりアイラグは作られますが、酵母の働きによりアルコールと炭酸ガスを含むのが大きな特徴となっています。糖質(乳糖)含量の高い馬乳を用いるため、乳酒としては比較的高い2%程度のアルコール濃度が得られます。あまりアルコールの風味が感じられませんが、飲み続けると顔が少し火照ってきました。
モンゴルの乳製品は、非常に種類が多いと言われています。今回訪れたゲルでは、「ウルム」も食することができました。乳を加熱しながら攪拌して脂肪分を浮かび上がらせるという独特の方法で調製されるもので、バター風味の生クリームのような乳製品です(下写真)。パンに載せていただきましたが、思いのほか美味しくて驚きました。
ウルムを得た後の乳(脱脂乳)は、様々な乳製品の原料として利用されます。ゲルでは見られませんでしたが、ウランバートルの市場では多くのチーズ様の製品を目にしました。脱脂乳を乳酸発酵させると、タンパク質(カゼイン)が凝固します。この凝固物(酸カゼイン)を布袋などに入れ、脱水後に乾燥させたものが中心となっています。食べてみると、やや酸味が強く硬いものが多く、私たち日本人が馴染んでいるチーズとはだいぶ異なります。ほとんど熟成が行われていないので、残念ながら風味に乏しいものです。
よく見かけるチーズ様製品に、下の写真のような小さな棒状のものがあります。市場では量り売りあるいはビニール袋に無造作に入れて置かれていますが、スーパーなどでは紙容器に包装されたものが並べられています。一見くせがなさそうにも見えますが、酸味が強く独特な後味もあります。
ウランバートル中心部にある大きなデパートやスーパーに行くと、きれいなパッケージに入った乳製品が並べられています。ただ、未加工の乳をそのまま飲む習慣があまりないモンゴルでは、日本や欧米のように紙パックの牛乳が大量に並べられてはいません。
下の写真のパッケージは、デパートやスーパーで購入したものです。後列にある2つの紙パックは、常温保蔵が可能なロングライフタイプの牛乳です。それ以外はすべて発酵乳で、ちょっと珍しいものとしてラクダの乳を使ったドリンクタイプのヨーグルトがありました(中列左側の2本)。また、前列のカップに入ったヨーグルト3製品は、ラベルにBifidobacteriumやLactobacillus acidophilusといった菌名が記載されていたので、いわゆる「プロバイオティクス」製品と思われます。モンゴル語で書かれているので、菌名以外はわかりませんでした。
モンゴルの乳製品に関する調査は、これまで日本人により割合と多く行われてきました。調査結果をまとめた研究論文も少なくありません。これらの文献には、非常に多種類の乳製品が記載されていますが、その分類や名称は複雑です。モンゴルの乳製品に関する記述が見られる書籍も何点か出版されていますが、ここでは1冊だけ『世界の食文化3 モンゴル』(小長谷有紀著, 農文協, ¥3200, 2005/6)をあげておきます。「白い食べ物」と「赤い食べ物」について、詳しく理解しやすい記述があります。
夏の間、草原に暮らす遊牧民にとって乳製品は主たる食品になります。とくに、馬乳酒(アイラグ)の消費量は多く、1997年の調査では成人男子で1日平均4リットル飲んでいるとのことです。夏期はほぼアイラグだけを摂取するという遊牧民もいるそうです。13世紀にモンゴルを訪れた修道士が、「モンゴル人は冬は肉を食べ、夏は馬乳を飲む」と報告したそうですが、遊牧民の食生活は大きくは変わっていないようです。次回は、冬の食生活の主役となる「赤い食べ物」、すなわち肉製品を紹介します。
食品のトピックス | 14:55 | 2013.10.10 Thursday |