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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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モンゴルの「赤い食べ物」

No.151


 前回、モンゴルの「白い食べ物」(ツァガーン・イデー )、すなわち乳製品を紹介しました。今回は、「赤い食べ物」(オラーン・イデー)です。「赤い食べ物」は、もちろん肉製品のことです。乳製品に比べると、肉製品が紹介されることは、これまであまりなかったようです。まずは、遊牧民が暮らすゲルでいただいた肉料理からご覧いただきます。なお、ゲルの皆さん(3兄弟とそれぞれの奥様たち)には、たいへんお世話になりました。


 下の写真は、ゲルの中で伝統的料理「ホルホグ」を調理をしている様子(左)と、完成したホルホグ(右)です。ホルホグは、羊の肉を入れた鍋の中に焼いた石を入れて蒸し焼きにして作ります。ついさっきまで元気に走り回っていた羊が食材になったのが少し気になりましたが、これ以上ない新鮮な肉でした。


 ホルホグの味は悪くありませんが、モンゴルではスパイスの類をほとんど使用せず、味付けが塩だけなのがちょっと残念でした。香辛料や醤油を使ったら、もっと日本人好みの味になると思います。


 その土地の「食」を知るためには、市場に出向くことが欠かせません。今回もまず、『地球の歩き方』に載っていたモンゴル最大の市場「ナラントール・ザハ」(写真下左)に足を運びました。しかし、非常に残念なことに、私が訪れた1か月前(2013/8)に、食料品を扱う建物が全焼してしまい閉鎖中とのことでした(写真下右)。


 気を取り戻して、食料品が充実しているという「メルクーリ・ザハ」を訪れました。コンパクトな屋内市場でしたが、その分じっくりと各売場を眺めることができました。さすがに肉類を主食としている国だけあって、精肉売場は充実していました。特に羊肉売場(写真下左)と牛肉売場(写真下右)は活気がありました。なお、モンゴルの牛肉は放牧で生産されることもあって、かなり硬いものです。


 モンゴルの伝統的な家畜生産方式(遊牧)に合致しないこともあり、豚肉はモンゴルでは高価な食肉です(写真下左)。また、鶏肉は魚肉とともに、この国では脇役的な存在のようで、市場の端に近い一角が「鶏肉・魚肉コーナー」となっていました(写真下右)。


 欧米型のハム・ソーセージといった食肉製品は、モンゴルでは最近まであまり普及していませんでした。今では、首都ウランバートルの富裕層を中心に人気があるそうで、食肉加工産業は急成長しているそうです。まだ生産量はそれほど多くないのでしょうが、種類はかなり豊富でした(写真下)。


 モンゴルの代表的な伝統的食肉製品として「ボルツ(Borts)」があります。主に牛肉を乾燥させて作られますが、遊牧民たちは晩秋に家畜を殺し、冬期の食料としてボルツを蓄えてきたそうです。市場では、ビニール袋に入ったボルツが無造作に積まれていましたが(写真下左)、安価なものではありません。部位にはこだわらないで作られるようで、脂身の付いているものもあります(写真下右)。手に持って驚くのは、その軽さです。乾燥肉というと、ビーフジャーキーのように硬いものが頭に浮かびますが、ボルツはフリーズドライビーフといった感じでした。空気が非常に乾燥したモンゴルで作られるためでしょうか。


 ウランバートルのスーパーマーケットでは、きれいなパッケージに入ったボルツが並べられています(写真下左)。このような形で売られているボルツは、フレーク状に粉砕されたものが主でした(写真下右)。ボルツを口に含むと、味の薄い鰹節のような感じがしました。最初は調味料的な使い方をするのかと思っていましたが、あくまでも肉として調理に使うそうです。


 スーパーに大量に並べれていた製品に、下の写真のようなものがありました。牛肉らしき絵と鍋が描かれているパッケージですが、モンゴル語以外の表記がなかったため、中身の見当が付きませんでした。一袋買ってみて開けたところ、フレーク状のボルツ、乾麺、乾燥野菜、調味料という4つの小袋が入っていました。1人前のボルツ鍋セットという感じのものなのでしょう。


 レストランなどで食べた料理も、肉料理が中心でした。一番記憶に残っているのは、炒めた羊肉が頭骨に盛られて出てきたものでした(写真下)。料理の味はまずまずでしたが、盛り付けにちょっとびっくりしました。現地の方の話では、高価なメニューなのでめったに食べられないご馳走とのことでした。


 今回、「赤い食べ物」ということで、食肉・食肉製品を紹介しましたが、現在のウランバートルでは様々な食料品が手に入ります。ただ、耕作地が少ないモンゴルでは野菜や果物の生産量は少なく、今でも高価なものです(写真下)。ゲルを訪れる際のお土産も、貴重な野菜類が喜ばれるとのことで、前日にウランバートルの市場で調達しました。


 前回の「モンゴルの白い食べ物」で、モンゴルの食を知るための書籍として『世界の食文化3 モンゴル』を紹介しました。今回は、もう少し手軽なものをあげておきます。『モンゴルを知るための65章 第2版』(金岡秀郎著, 明石書店, ¥2000, 2012/6)は、食に関する記述はそれほど多くありませんが、モンゴルという国の全体像を知る読み物として楽しめます。また、『地球の歩き方 モンゴル 2013〜2014年版』(ダイヤモンド・ビッグ社, ¥1800, 2013/3)は、日本国内で出版されている事実上唯一のモンゴル観光ガイドですので、モンゴル旅行者必携の書でしょう。カラー写真を使ったモンゴル料理紹介のページもあり、かなり役立ちました。

   

 モンゴルに行くのはちょっと難しいけれど、モンゴル料理を試してみたいという方のために、東京にあるモンゴル料理店を紹介しておきます。JR総武線・両国駅から近い「ウランバートル」というお店です(写真下)。日本にもモンゴル料理店は結構あるようですが、中国・内モンゴルの料理を主体とするお店などもあり、本格的なモンゴル料理を扱うところはそれほど多くないようです。「ウランバートル」は、元小結のモンゴル出身力士・白馬のお母さんが経営しています。


乳製品と肉類を主体とするモンゴルの食生活は、よく極端に偏っているものと言われます。確かにモンゴル人の平均寿命は70歳足らずで、日本人に比べるとずっと短命です。しかし、この国の衛生状態や医療水準を考えると、かなり健闘しているようにも思えます。

 2005年から2008年にかけて、女子栄養大学の香川靖雄教授を代表者として、「モンゴル人の血中酸化ストレス度・抗酸化能から見た老化の診断と日本人の抗老化対策」という科研費研究が行われました。この報告書を見ると、モンゴル人は高い酸化ストレス状態にあり、飽和脂肪酸の多い食材摂取が関係していると推定しています。一方で、彼らの抗酸化能は日本人よりも高いという興味深い結果も示されています。もしかすると、一見偏った彼らの食生活が、高い抗酸化能をもたらしているのかもしれません。



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食品のトピックス | 16:27 | 2013.10.25 Friday |