2015.05.25 Monday
熟成肉は美味しくて体に良い
No.189
「熟成肉」がマスコミで頻繁に取り上げられるようになってから、すでにだいぶ経ちます。最近では、下にあげたような書籍も出されています。
牛などの家畜の筋肉は、屠畜後に起きる「死後硬直」により、著しく硬さを増します。その後、「解硬」という現象を経て、食肉として好ましい軟らかさが得られます。この解硬に要する日数は、牛肉で10日間程度、豚肉で5日間程度です。これらの日数が、「筋肉」を「食肉」に変換するのに必要な最低限の「熟成」期間です。
最近よく取り上げられている「熟成肉」は、主にかなり長期間(数か月)の熟成を行った牛肉を指しています。食肉の代表的な熟成方法として、「ドライエイジング」と「ウェットエイジング」があります。ドライエイジングは欧米で発達した技術です。下の写真は、ドライエイジングを行っている牛肉熟成庫(低温庫)内をガラス越しに撮ったものです(スペイン・バレンシア中央市場)。ドライエイジングは、ゆっくりと乾燥させながら熟成を行う方法です。日本で主流の真空包装によるウェットエイジングに比べてコストがかかりますが、美味しさの観点から日本でも注目されるようになりました。
ドライエイジングにより長期間の熟成を行うと、食肉(牛肉)は食感が向上するとともに、非常に風味豊かなものになります。このとき肉の中で起きている大きな変化のひとつに、タンパク質の分解があります。タンパク質は味を示さない物質ですが、分解により生成する多様なペプチドやアミノ酸は、それぞれ異なった味を有しています。
下のグラフは、私たちの研究室で実験的に牛肉を10週間熟成させ、アミノ酸含量の変化を調べたものです。熟成期間とともに、アミノ酸が大きく増加していきます。このとき、タンパク質の分解によりペプチドやアミノ酸が増えるだけではなく、様々な香気成分も生成されます。牛肉のドライエイジングを行っている熟成庫の中に入ると、甘いナッツのような生ハムにも似た香りが漂っています。
また、私たちの研究室では、牛肉の熟成中にタンパク質の分解により保健的な機能を示すペプチドが生成することも明らかにしました。そのようなペプチドのひとつに、血圧降下ペプチドがあります。下のグラフに示したように、熟成中の牛肉では、血圧降下ペプチドの生成が進んでいきます。
美味しさが注目される熟成肉ですが、実は「美味しくて体に良い」食肉だと、私たちは考えています。これは牛肉に限ったことではありません。現在、私たちは、美味しくて体に良い熟成豚肉の研究開発にも取り組んでいます。
講義で熟成肉の話をすると、「自宅で牛肉の熟成をできませんか」という質問を受けることがあります。 不可能とは言い切れませんが、お勧めはしません。 長期間の熟成中における微生物汚染が心配されますし、美味しい熟成肉を得るためにはそれなりのノウハウが必要です。 冒頭にあげた書籍には、専門店におけるドライエイジングの様子がかなり詳しく紹介されていますが、自宅で真似することが難しいのがよくわかります。
ここ数年、熟成肉ブームの影響もあってか、食肉関係の書籍が多く出されています。お肉のことを知りたいという方のために、親しみやすい「お肉入門書」を2冊紹介しておきます。『うまい肉の科学』(ソフトバンク, ¥1028, 2012/9)は、カラー写真・図を多用して食肉全般をわかりやすく解説しています。熟成肉についても、よい説明があります。一方、『大人の肉ドリル』(マガジンハウス, ¥1404, 2014/11)は、お肉を美味しく食べたいという方にお勧めの一冊です。
食品のトピックス | 11:31 | 2015.05.25 Monday |