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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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モンゴルは馬乳の季節

No.193


 先日(2015/7/7〜14)、モンゴルに行ってきました。一昨年9月、最初にモンゴルを訪れた際の様子は、「モンゴルの白い食べ物」「モンゴルの赤い食べ物」でお伝えしました。今回訪れた7月のモンゴルは、「馬乳」の季節でした。ウランバートルでは、いたるところで馬乳を発酵させた馬乳酒「アイラグ」を目にしました(下写真)。


 春に出産をした母馬たちは、6月から9月にかけて搾乳のピークを迎えます。下の写真は、ウランバートル郊外で見かけた馬の親子です。牛は季節に関係なく21日周期で発情を繰り返すため、私たちは一年を通して牛乳を手に入れることができます。しかし、馬は季節繁殖動物であるため、馬乳は夏季にしか得られません。


 巨大な乳房を持つ乳牛では、通常、朝晩2回の搾乳を行なうことで大量の乳を集めることができます。しかし、馬は乳房が小さく乳量も少ないため、ある程度の乳量を確保するためには頻繁に搾乳しなければなりません。モンゴルの遊牧民は、2時間おきに搾乳することが多いとのことでした。下の写真は、遊牧民が飼う搾乳を待つ馬たちです。


 モンゴルでは牛乳も利用されていますが、伝統的に馬乳が夏季の食料源として重要な位置にあります。古来、軍用馬(騎馬)や交通手段として利用されてきたため、モンゴルでは馬の飼育が盛んでした。このため、馬乳を利用する食文化が発展したのは当然のことでした。一方、馬乳の特徴的な組成も、馬乳文化に大きな影響を与えたと考えられます。下の表に、主な動物の乳組成をまとめてみました。


 飲用乳やチーズなどの乳製品によく利用される牛乳、山羊乳、羊乳に比べると、馬乳はタンパク質と脂質の含量が少ないことがわかります。この組成を見る限り、馬乳はチーズ、バター、ヨーグルトといった乳製品の原料としては不向きであると言えます。しかし、注目すべきは、糖質含量の高さです。この特徴は、「アイラグ」のような馬乳酒が盛んに作られることになった理由のひとつと言って間違いないでしょう。


 上の図に示したように、馬乳中に含まれる糖質(乳糖)は、乳酸菌によって乳酸に変換されます。これに加えて、酵母によりエタノールや炭酸ガスが生成されます。モンゴルの馬乳酒「アイラグ」は、アルコール含量が2%程度と言われていますが、牛乳ではこのレベルに到達できません。馬乳はタンパク質や脂質が少ないため、ヨーグルトのような固形タイプの発酵乳の原料には不向きですが、乳酒の原料としては優れていると言えるでしょう。なお、アイラグを蒸留することによって「アルヒ」という蒸留酒も作られています。


 2年前に書いた「モンゴルの白い食べ物」という記事で、アイラグは牛皮製の袋の中で作られると紹介しました(上写真)。しかし、今回、この「フフル」と呼ばれる皮袋を目にすることはできませんでした。青色のポリ容器の使用が、遊牧民の間でも一般的になりつつあるようです(下写真)。フフルで作ったアイラグは美味しいと言われていますが、この流れは仕方のないことでしょうか。


 アイラグの製造は今日でも大規模な工場では行われていないそうで、ウランバートル中心部で販売されているアイラグも、近郊の遊牧民のゲルで作られたものとのことでした。下の写真は、アイラグの容器を積んで町に向かう遊牧民のトラックです。


 このようにして出荷されたアイラグは、主に量り売りの形で売られます。下の写真は、ウランバートル市内で販売されていたアイラグです。今日でも、老若男女の幅広い層に人気のある飲料であることがうかがえました。


 スーパーの食品売り場では、氷の入った量り売りのアイラグ(下写真左)とともに、ペットボトルに入った製品も並んでいました(下写真右)。ペットボトル入りのアイラグは不人気とのことでしたが、炭酸が利いていて私には結構おいしく感じられました。


 夏季の国民的飲料であるアイラグは、いろいろなところで売られていますが、旅行者には少しわかりにくいところもあるようです。街中で見かけた黄色いテント(下写真左)は、看板の類がありませんが、実はアイラグ屋さんです。どんぶり一杯で、約120円でした(下写真右)。


 今回、最初に訪れた遊牧民のゲルでいただいたアイラグがあまりに酸っぱくて驚きました(下写真)。前回訪れたときに比べて総じてアイラグの酸味が強く感じられたのは、夏の高温によるものではないかと思います。ゲルや街角で売られているアイラグは、常温保存しているので、乳酸発酵が進み続けるのでしょう。スーパーで売られているものは、それほど酸味が強くありませんでした。モンゴルの馬乳酒(アイラグ)は口に合わなかったという方が多いですが、酸味の強さも関係していそうです。


 カルピス社の創業者である三島海雲氏は、今から107年前に内モンゴルで出会った馬乳酒をヒントに、カルピスを開発したと言われていました。しかし、実際にアイラグの風味を味わってみると、カルピスの原型となったとは考えにくいと感じる方が多いのではないでほうか。あらためて調べてみると、サワークリーム「ジュウヒ」が原型ではないかとする説が浮上しているようです。


 7月は、モンゴルを訪れる最適の季節です。緑の草を食む馬を始めとする家畜たちの姿が目を楽しませてくれます。国家主催の行事である「ナーダム祭」も開催されます。遠い国と思われがちなモンゴルですが、成田からウランバートルは、直行便で約5時間です。



この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
204:ロシアの乳製品(2016/01/12)
182:メリーさんの羊乳(2015/02/10)
174:インドの乳・乳製品事情(2014/10/10)
151:モンゴルの「赤い食べ物」(2013/10/25)
150:モンゴルの「白い食べ物」(2013/10/10)
147:トルコの乳酸発酵飲料「アイラン」(2013/08/30)
143:『馬肉新書』(2013/06/25)
食品のトピックス | 10:40 | 2015.07.27 Monday |