2016.02.10 Wednesday
TPPと牛肉・豚肉
No.206
昨年秋(2015/10/5)、TPP(Trans-Pacific Partnership)協定交渉は、日本を含む12か国が大筋で合意に至り、全貿易品目95%で関税撤廃の方向が示されました。年末の経済誌は、こぞってTPPを特集しました(下写真)。先日(2016/2/4)、署名式がニュージーランドで行われ、今後は発効に向けて各国における議会承認などの手続きが本格化します。
日本政府は、下記の農業重要5項目を「聖域」として、関税撤廃の対象から除外するよう努力してきました。コメ、麦、砂糖は、なんとか死守できたようです。しかし、牛肉と豚肉は、関税の完全撤廃こそ免れたものの、後述するような不安を残す形での合意となりました。
TPPが発効した場合、日本国内における畜産物の生産額はかなり減少すると予想されています(下表, 政府試算)。今回は、TPPの影響がとくに大きいと言われている牛肉と豚肉について、TPP合意の内容と影響について取り上げることにします。
TPP発効後に輸入牛肉に対してかけられる関税は、現在の38.5%から最終的に9%(発効16年目)まで下がります(下図)。これにより、すでに国内消費量の6割を輸入に頼っている牛肉は、さらに輸入量が増えるでしょう。消費者の立場では、牛肉価格の低下もある程度期待できそうです。しかし、生産者の立場では、当然厳しい状況が危惧されます。
霜降りの和牛肉(下写真は黒毛和牛肉)のように付加価値の高い牛肉は、国内生産が維持される見通しです。国際競争力も備えている和牛肉は、輸出量が伸びている現状もあります。しかし、比較的安価な乳用種牛肉(主にホルスタイン種雄肉)などは、輸入牛肉との厳しい価格競争に晒されざるを得ません。
豚肉では、日本の複雑な関税制度(下図)が、ある程度維持されることになりました。低・中・高の3つの価格帯に分かれた制度は、米国の交渉官さえ理解が困難であったと言われています。低価格帯の「従量税」が発効10年目に50円/kgになり、高価格帯の「従価税」4.3%が10年目に撤廃されます。しかし、中価格帯の「差額関税制度」は残されます。
食肉製品に利用される低価格帯豚肉の関税が大幅に下がるため、ソーセージなどの価格が低くなる可能性があります。ただ、これまでも輸入業者は低価格帯と高価格帯の豚肉を組み合わせて輸入することにより、低い関税(従価税)が適用されるような節税努力をしてきたので、消費者の恩恵は限定的との指摘もあります。
低価格帯豚肉の対象上限が、現在の 64.53円/kg から 474円/kg(10年目)に大幅に引き上がることは、国内の豚肉生産者にコスト削減の一層の努力を迫ることにつながりそうです。 高価格帯においても関税撤廃の影響はあるので、これまで日本各地で苦労して作り出された「銘柄豚」も、生き残りをかけた戦略を練り直す必要があるかもしれません(下の「奥入瀬ガーリックポーク」は、青森県十和田市で誕生した銘柄豚)。
牛肉・豚肉ともに、輸入量が一定量を超えた場合に関税を引き上げるセーフガード(緊急輸入制限措置)の制度が残されました。また、政府はTPP関連政策大綱で赤字補填制度法制化(補填割合を現在の8割から9割に引き上げ)を打ち出して、生産者の不安を和らげる努力をしています。ただ、これらの対策の実効性には疑問の声もあがっています。TPPの発効が、消費者にとっても生産者にとっても恩恵の乏しい状況につながらないことを祈るばかりです。
冒頭にTPPを特集した経済誌を紹介しましたが、最近になって、昨年秋の合意内容を踏まえた書籍が何点か出版されています(下写真)。『TPPがビジネス、暮らしをこう変える』(日本経済新聞社, ¥1300, 2016/1)は、TPPの全体像がわかりやすく解説されています。『TPP反対は次世代への責任』(農文協, ¥1000, 2016/1)は、16氏がTPP合意に対する懸念を論じています。
TPPの問題は、関税撤廃を中心に報道されていますが、その影響範囲はかなり広いものです。4年ほど前の本欄で、「TPPと食の安全・安心」を取り上げましたが、特許や商標といった知的財産権分野における影響も大きいと言われています。
食品のトピックス | 15:47 | 2016.02.10 Wednesday |