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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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チロシンは美味しさの目印

No.216


 学生さんが掲げているのは、スペインの生ハム「ハモン・セラーノ」です。ハモン・セラーノの中でも20か月以上の熟成期間を経ている「ハモン・デ・トレベス」(下写真)は、最上級の風味を備えたものです。


 スペインのハモン・セラーノやイタリアのパルマハムといった長期間の熟成を経て製造される生ハムは、熟成期間中に食肉タンパク質が分解されて味わい深い製品となります。この種の生ハムのカット面には、下の写真のような白い小さな斑点がよく見つかります。


 これは、タンパク質の分解によって生じるアミノ酸の一種「チロシン」の結晶です。タンパク質の分解が進み、美味しさが増しているという目印と言ってもよいでしょう。ときどき心配される方がいますが、チロシンは非常に安全性の高い物質です。下に示した構造を有するアミノ酸で、ほとんどの食品に含まれています。


 食品タンパク質は、通常20種類のアミノ酸で構成されています。では、なぜチロシンだけが白い結晶として現れるのでしょうか。それは、チロシンが水に溶けにくいアミノ酸だからです。目に見えるのはチロシンだけですが、そこには他のアミノ酸もたくさんあるということになります。チロシンの結晶が出現する食品は、生ハム以外にも結構あります。下の写真は、イタリアの「パルミジャーノ・レジャーノ」というチーズ断面の様子です。


 熟成期間が長く水分含量の少ないパルミジャーノ・レジャーノのようなチーズでは、チロシンの結晶が現われやすいと言えます。なお、チロシン(Tyrosine)はチーズから発見されたため、ギリシャ語でチーズを意味する「Tyros」 にちなんで命名されました。


 さて、肉製品(生ハム)、乳製品(チーズ)と続いたので、次は同じく畜産食品の卵製品を紹介します。下の写真は、殻を剥いた「ピータン(皮蛋)」の表面部分です。


 中華料理でお馴染のピータンは、アヒル卵をアルカリに漬け込んで作る食品です。2か月程度の熟成期間中に卵タンパク質の分解が進みます。上質なピータンの卵白には、「松花」と呼ばれるアミノ酸(チロシンなど)の結晶による美しい花模様が出現します(上写真)。


 日本の食品でチロシンの結晶をよく目にするものに、タケノコ(筍)があります(下写真)。タケノコにはチロシンが大量に含まれており、水煮タケノコの内部に見られる白い物質です。見た目を嫌って洗い流す方も多いようですが、チロシンのシャリシャリとした食感を好む方もいるようです。なお、タケノコのチロシンはタンパク質の分解により生成するものではなく、タンパク質の合成に使われるために存在しています。


 納豆も割合とチロシンの結晶が出やすい食品です(下写真)。ネットなどでも、「納豆の白い点々は食べても大丈夫でしょうか?」という質問を時々目にします。もちろん害はありませんが、発酵がかなり進んだときに出現するので、納豆としての食べ頃は過ぎているかもしれません。納豆業界では、チロシンの出た納豆を「チロっている」と言うそうです。


 学生諸君への授業で生ハムやチーズのチロシンの話をすると、干し柿やスルメの表面の白い粉もチロシンかと聞かれることがあります。干し柿は糖分によるもので、スルメはタウリンを主体としたものです。見た目では区別が難しく、チロシンと白カビも一見似ています。よく見ると、カビは柔らかい感じで、チロシンは結晶状です。


 チロシン自体はそれほど美味しいアミノ酸はありませんが、チロシンが増えると同時にグルタミン酸など旨味の強いアミノ酸も増えるので、美味しさの指標(目印)になると言ってよいでしょう。また、チロシンは保健的機能の面からも関心が持たれています。チロシンは神経伝達物質の原料となり、うつ状態の改善に役立つ可能性があります。自律神経の調整に関わる甲状腺ホルモンや毛髪色素の原料となるメラニンを合成するのに必要な物質であることも知られています。

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食品のトピックス | 08:46 | 2016.07.11 Monday |