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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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食品と特許

No.17


 前々回(No.15「チザイの人」)、特許権などの知的財産の話題を取り上げました。今回は、食品における特許の意義について少し考えてみることにします。私はこれまで、主に食品に関係する発明(研究成果)についての特許出願やその活用に関わってきましたが、食品での特許の役割は、医薬品などとはちょっと違うのではないかと常々感じていました。これは、ペットフードと動物用医薬品との関係でも同様のものです。


 たとえば、医薬品では製品に明確な効果・効能が表示され、それに関する発明の権利が特許で守られます。しかし、機能性食品(あるいはペットフード)の場合は、薬事法に抵触するために、しっかりと効果・効能を表示することができません(ただし、特定保健用食品は除く)。このため、たとえ実際には確実な保健的機能を有している製品であっても、止むを得ず「イメージ製品」のようなものになっているケースが多々あります。これでは、高度な発明(特許)をうまく製品のPRに利用できないばかりか、競合製品との差別化も困難です。また、こういった曖昧なイメージ製品的な状態では、せっかく取得した特許の権利を強く主張できるのかという疑問も生じます。よく、「特許出願中」とか、「特許取得」といった表示をした食品を見かけますが、貴重な特許を生かすための苦肉の策と言えるのかもしれません。なお、この「特許」を食品に表示する際の留意点について、厚生労働省の見解が示されています。


 東京理科大学知財専門職大学院の教授で科学ジャーナリストでもある馬場錬成氏が、日経ネット「ビズプラス(BIZ+PLUS)」でビジネスコラム「知財戦略で勝つ」を連載しています。2002年に始まり、すでに100回を越えている定評のある長期連載です。その第70回(2005/9/7)の「味の素の知財戦略に見る知識社会時代の食品特許」では、食品特許の特徴として下記の6項目があげられていますが、どれも頷けるものです。食品やペットフードにおいて特許を上手に活用するためには、医薬品等とは異なる工夫が求められるのではないでしょうか。


 ところで、上述の馬場氏のコラム「知財戦略で勝つ」は、非常に充実した内容のもので、食品関連の興味深いテーマも少なくありません。たとえば、第14回(2003/04/11)の「多くの課題を提起する『塩味枝豆』の特許紛争」もそういったもののひとつで、一読の価値があります。なお、ここでは、第32回(2003/12/19)の「ステーキの作り方で特許を取った下町の洋食屋」についてちょっと紹介することにします。

 私も馬場氏のコラムで知ったのですが、東京の東向島にあるレストラン『カタヤマ』の片山幸弘社長は、ステーキの作り方で特許を取得し、このステーキを「駄敏丁(だびんちょう)カット」と名付け、現在ではお店の人気メニューとなっています。私は、ずっとこのお店に行きたくて仕方なかったのですが、先日、ようやく夢がかないました。『カタヤマ』はちょっと行きにくい場所にあって、私は浅草からタクシーを使いました。詳しくはレストラン『カタヤマ』のホームページをご覧になってください。下の写真は、お店の外観と特許取得製法による「駄敏丁カット」ステーキです。実際のステーキはとても美味しそうだったのですが、私の撮った写真でそれが伝わるでしょうか・・・。


 とても人気のあるお店で、席に着くまでかなり待たなければなりません(なぜか予約不可)。ステーキを中心としたメニューですが、ステーキハウスというよりは、「ステーキの美味しい洋食屋さん」といった風で、上の写真にあるステーキの付け合せのナポリタンからも覗えるかと思います。さて、このステーキの「特許製法」ですが、簡単に言えば、牛肉のかたい部位(もも肉の「らんいち」)を使って、やわらかくて美味しいステーキを作るというものです。肉を焼く前に筋(すじ)を取り除くなどの作業を行うのですが、詳しい製法については馬場氏のコラムレストラン『カタヤマ』のホームページを見ていただくことにします。ご参考までに、この発明の特許公報(1998年7月31日特許登録)の全文も以下に示しました。


 一目見てお分かりになるように、実に短い文書です。通常の特許公報では添付されている図や表の類も一切ありません。少なくとも私がこれまで見た中では、最も短い特許公報です。こんなに簡単な書類で特許が取れるのかと、正直驚きました。文面は、PDFファイルからご覧になれますので、ご関心のある方はどうぞ。

 当然、ステーキの作り方で特許を取得する意義があるのかと、疑問をお持ちになる方もおられることと思います。馬場氏も指摘していることですが、ステーキの作り方で特許を取得しても、あえて自ら秘伝を公開するようなもので、特許によりその製法技術を独占することは無理でしょう。しかし、特許のために、「駄敏丁カット」は評判となりレストランも大繁盛となっている以上、その意義は大きかったと言わざるを得ません。これも特許の有効な活用法のひとつなのかもしれません。なお、「駄敏丁」は商標としても登録(1999年9月24日)されていますが、そのユニークな名前からも商標登録する意義は十分にあると思います。


 今回、「食品と特許」について、ちょっと偏った取り上げ方をしてしまいましたが、最後に役立つと思われる情報をふたつあげておきます。まず、松井特許事務所のコラム「健康食品と特許」は、所長の松井茂氏(弁理士)による「健康食品新聞」での連載(全16回)をもとにしたものですが、しっかりとまとめられた内容で実践的でもあります。このコラムの最終回では、大ブームになったカスピ海ヨーグルトを取り上げて、特許を出願するとしたらどんなことが考えられるかということが紹介されており、私も興味深く読みました。

 また、機能性食品における特許保護の特殊性を理解するには、石川浩氏(持田製薬株式会社知的財産部長・弁理士)による解説「機能性食品の特許保護の現状と課題」(知財研フォーラム, 第70巻, 20〜29頁, 2007年8月)が有用ですので、ぜひご参照ください(残念ながら、解説全文をWebから入手することはできません)。

この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
269:安藤百福発明記念館(2018/09/25)
220:機能性食品と特許 〜食品の用途発明〜(2016/09/12)
191:メイラード反応と特許(2015/06/25)
188:特許情報プラットフォーム(2015/05/11)
110:食品と商標(2012/02/11)
86:乳酸菌・ビフィズス菌と特許(2011/02/10)
61:ペプチドと特許(2010/01/25)
24:ペットフードと特許(2008/07/09)
15:チザイの人(2008/02/26)
食品のトピックス | 11:42 | 2008.03.25 Tuesday |