2008.05.12 Monday
バター不足と食料危機
No.20
昨年(2007年)秋からのバター不足が続いています。暮れのクリスマスケーキ製造時期には、業務用無塩バターの確保困難がニュースになり、その後も菓子店の悲鳴がしばしば報道されてきました。家庭用バターも品薄が続いており、先月(2008/4)末に東京のスーパーを3件ほど見たところ、いずれの店も品切れでした。私の住んでいるところ(青森県十和田市)では、東京ほど深刻な状況ではないようですが、店によっては入荷待ちだったり、馴染みのメーカーの製品が欠品になっていたりしています。4月末に農林水産省が大手乳業メーカーに在庫放出と増産を要請したため、5月以降はある程度状況が改善されると報道されていますが、どうなることでしょうか。
余剰牛乳の廃棄という悲しい映像がニュースで流れたのは、一昨年(2006年)のことでした。それから間もなくバター不足が起こるなんてどういうことだとお思いになる方が多いのは当然のことです。一昨年からの牛乳の生産調整は、当時のバターや脱脂粉乳の過剰在庫を減らすためには、止むを得ない判断だったのかもしれません。不幸にして、その他の要因がいくつか重なってしまったのが、今回のバター不足をもたらしたようです。昨年夏の猛暑による搾乳量減少、豪州の記録的干ばつによる穀物・牛乳の減産、中国などの乳製品消費量増加、飼料価格高騰、乳製品の国際価格上昇などがあげられています。なお、買い取り価格の安いバター用の生乳は不足していますが、現在のところ飲用牛乳やチーズの不足には至っていません。
ところで、今回のバター不足を、「食料危機の前兆」ではないかと心配されている方もいるようです。バター不足は政府による牛乳の生産調整の失敗であって、食料危機とは無関係との解説も見られます。しかし、直接の「前兆」ではないものの、食料需給の乱れにより生じたものですから、「食料危機」とまったく無関係とも言えないような気がしています。
これまで日本では、1993年の凶作による米不足、2003年のBSE発生による米国産牛肉の輸入禁止、今年のギョーザ事件による中国産食品離れといった食料供給に関わる大きな出来事がありましたが、幸い深刻な食料危機という状況に至るようなことはありませんでした。しかし、今後、ダブルパンチやトリプルパンチに見舞われる不安があります。米不足と肉不足、米不足と小麦不足といった状態が2年以上続くようなことが起これば、日本でも飢餓状態は避けられないかもしれません。こういった状況が数年以内に訪れる可能性は低いのかもしれませんが、食料自給率39%という数字には漠然とした不安を感じます。説得力のある根拠は持ち合わせているわけではありませんが、せめて50〜60%程度あってもよさそうなものです(主要先進国の中では自給率下位のイタリアでも62%)。
「バブル経済」の命名や「『超』整理法」(私も実践しました)の考案で著名な野口悠紀雄氏(現早稲田大学教授)は、「比較優位の原則」から考えて農産物の生産効率の悪い日本で食料自給率向上を目指すのはナンセンスだと説いています。しかし、中国の経済発展や穀物のエネルギー生産への転用などにより、世界的な食料需給バランスが急速に悪化しつつある状況では、私には受け入れがたい説に思えます。この経済優先の考え方は、「物質循環」という環境的な観点からも、今日では問題がありそうです。
先日見た地元紙の解説記事に、「青森県の経済力や財政力は全都道府県中で最下位に近いものだが、食料自給率は117%でベスト5(他は、北海道、岩手、秋田、山形)に入る」とういう趣旨の記述がありました。「もし県境が閉じられ、食料の出入りを禁じられても県民が飢えることはない」そうです。青森県人としては一瞬喜ばしい話にも思えましたが、このことにどれほどの意味があるのかは疑問です。東京、神奈川、大阪といった日本の人口集中地域の食料自給率が1〜3%と極端に低いことの方が重要に思えます。政府(農林水産省)は「地産地消」を推進するようなことを唱えていますが、現在の人口集中を解消しない限りは、虚ろな政策に聞こえます。
今回、とりあげた「食料」は、あまりにも大きなテーマなので、ちょっとまとまりのない話となってしまいました。「食料自給率39%」と「中国製ギョーザ事件」を背景として、最近の新聞、雑誌、テレビでは、「食」がかなり頻繁に特集として扱われていますので、この種の情報に接する機会も非常に多くなっています。昨日(2008/5/11)も近所の書店の中をひと回りしたところ、中央公論6月号に「『食』の危機があなたを襲う」という特集を見つけ、新刊書のコーナーには『立食いソバ1杯が1000円になる日』(宝島社、2008/4/24刊)という新書が置かれていました。
「食料自給率の向上」、「異常気象への警鐘」、「地産地消の推進」、「食べ残しの解消」といったことを唱えるのは簡単ですが、いずれもこれまで簡単には解決することができなかったもので、この種の主張には何か物足りなさを感じます。私自身、学生諸君に食料自給の重要性を説くことがあるものの、問題解決の核心に迫ることができない歯痒さを感じています。
きちんと食料問題を理解したい方のために、新聞の書評等にも取り上げられている最近出版された関連書籍2冊をあげておきます。これらは私も購入しましたが、残念ながらまだ細部までしっかりと読んで理解したとは言えません。
1) 柴田明夫. 「食糧争奪」. 日本経済新聞出版社. 2007.7.
2) 青沼陽一郎. 「食料植民地ニッポン」. 小学館. 2008.3.
食品のトピックス | 13:33 | 2008.05.12 Monday |