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北里大学獣医学部教授・有原圭三(株式会社フード・ペプタイド代表取締役)が、食品を中心とした情報を発信します。

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産学官連携でペットフード開発

No.21


 以前、「大学発ベンチャーの意義」について書きました。そのなかで、「産学連携」や「産学官連携」の重要性についても少し触れました。もちろん、「産」は民間企業を中心とする産業界、「学」は主として大学、「官」は国や地方公共団体のことです。今回は、私たちがペットフードの開発を進めた際の産学官連携の事例を紹介します。


 私たちの研究室(北里大学獣医学部食品機能安全学研究室)では、乳・肉・卵といった動物性食品に含まれているタンパク質を酵素分解したときに生成するペプチドの働きの解明を目指した研究を行ってきました。そのようなペプチドには、血圧降下、抗ストレス、抗疲労、ビフィズス菌増殖などの様々な生理的作用があることを明らかにしました。そして、実際の食品への利用(新製品開発)についても、食品メーカーとの共同研究を進めていました。

 そんなとき、私たちの研究室の卒業生で大手ペットフードメーカー(アイシア株式会社)の開発部に勤務している高井達君(写真左)から久しぶりの連絡を受け取りました。お互いの近況を話しているうちに、意外な接点があることがわかり、動物性タンパク質分解物(ペプチド)を利用した魅力的なペットフード(キャットフード)を開発しようということで意気投合しました。


 とは言うものの、私はネコを飼ったことはあっても、それまでにペットフードの研究を行ったことはなく、まずは勉強からといった状況でした。獣医学部ですからイヌやネコに詳しい先生方は多いのですが、ペットフードの開発に直接関係した研究をされている先生は以外に少ないことがわかりました。それでも、先生方からは有益なご助言をいただくことができました。ペットフードの研究に関係の深い学会として日本ペット栄養学会がありますが、これにも入会して研究発表を聞いたりしました。また、ペットフードメーカーの研究所や工場を訪れて見学させていただいたことも貴重な経験となりました。

 あれこれ模索しているうちに、ペットフードに対する理解もそれなりに深まり、いよいよ具体的な研究計画立案という段階になりました。ちょうどそのときに、農林水産省(生物系特定産業技術研究支援センター)から競争的研究資金の公募要領が届きました。ペットフードに限ったことではありませんが、何か新しい研究をしようとするとき、研究資金の確保はかなり大切なことです。しかし、その一方で、新しい研究テーマでは実績が乏しいために、審査を伴う研究資金の導入は難しいのが現実です。


 私が応募を決めたのは、「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」というものでした。その事業の中に、「起業化促進型」という研究成果をもとにベンチャー企業設立を目指すものがありました。大学発ベンチャーについては以前、「大学発ベンチャーの意義」で解説しましたが、応募時点ではその実態に関する知識はほとんどなく、申請書に何を書いてよいのかさっぱりわからない項目(「ベンチャー創出の計画」など)がありました。幸い、北里大学知的資産センターから中小企業診断士の方を紹介していただき、アドバイスを受けることができました。研究計画の立案に関しても、非常に多くの方々に助けていただきました。北里大学の卒業生も多く、ペット専門学校、ペットフードメーカー、食品素材メーカー、実験動物会社等に勤務している皆さんの協力は実にありがたいものでした。卒業生の皆さんは、大学にとって本当に貴重な財産だと思いました。こうして、何とか「動物性タンパク質分解物を利用した機能性ペットフード素材の開発」という研究課題の申請書を作成することができました。

 ただ、調べてみたところ、ペットフードに関わる研究で、大型の競争的研究資金が採択された前例はなく、ちょっと無理なのかなと思ったりもしながら、審査結果を待ちました。一次審査の書類選考を無事通過し、二次審査のヒアリング(審査委員による面接選考)となりましたが、委員の先生方もペットフードの研究に公的資金を配分することの判断には悩まれたのではないかと推察しています。ヒアリングでは非常に厳しい質問もいただき、ちょっと意気消沈気味でした。しかし、この場で受けた様々なコメントは非常に有益なものであり、以後の研究にも大いに役立ちました。


 一昨年(2006)の7月に採択通知を受け取ったときは、かなりうれしいものでした。2年間で総額5,200万円という高額な研究資金であることに加えて、ペットフード開発の研究意義が評価されたのは驚きでもありました。申請書には、その時点でイヌやネコを対象とした経験や実験データがないことを正直に書きましたが、ラットやマウスを用いた基礎データの蓄積が十分にあったことと、かなりの数の特許出願・取得が行われていたことも幸いしたのではないかと思っています。

 その後の研究は関係者の皆さんの熱心な協力もあって順調に進み、ペットフードのための抗ストレス性素材の開発に成功しました。中心的な研究成果は、「抗ストレス作用と嗜好性向上作用を備えたペプチド性ペットフード素材」として特許出願をしています。また、アイシア社との製品開発を進め、2007年9月には「Miaw Miaw(ミャウミャウ)カリカリ小粒タイプ」(写真)というストレスケアを製品コンセプトとするキャットフードの発売に至りました。卒業生との共同作業により新製品の開発を行えたことは、大学教員としてうれしい限りです。


 私たちによるペットフード誕生に至るまでの「産学官連携」の経過は、概ねこのようなものです。この事例における「学」は北里大学で、「産」はアイシア社と大学発ベンチャーであるフード・ペプタイド社が中心となりました。そして、「官」は農林水産省(生物系特定産業技術研究支援センター)です。今回、それぞれの役割分担はかなり明確で、研究の中核部分を北里大学が担当し、製品開発に関わる部分ではアイシア社および関係企業(原料供給企業、食品素材メーカーなど)が重要な役割を演じました。フード・ペプタイド社は、北里大学が出願人となっている特許の使用許諾を受け、その有効活用のための重要な存在となりました。一方、農林水産省からは貴重な研究資金を受けると共に、研究の方向性や産業化の道筋について随時貴重な助言をいただくことができました。「学の研究」、「産の開発」、「官の資金」の理想的な連携が、短期間における製品化達成をもたらしました。

 今回の事例は、産学官連携の形として必ずしも典型的なものではありませんが、それぞれが得意とする部分を受け持つことにより連携の効果が最大限に現れたと考えています。大学の研究者は一般に緻密な研究は得意ですが、製品開発やマーケティングには疎いのが実情です。また、企業(製造業)にとって新製品開発は生命線ですが、リスクを伴う研究開発投資を躊躇するのは当然でもあります。ですから、公的な研究資金の受け入れは本当にありがたいものです。なお、この種の研究費は、税金により賄われていますので、適正な使用はもちろんのこと、なんらかの形で国民に還元される必要があります。優れたペットフードの開発は、ペットの健康維持に役立つだけではなく、ペットフードメーカー、原料供給企業、素材製造メーカーなど多くの企業の活動にも関係していますから、経済活性化にも結びつきます。さらに、研究成果をわれわれ人間の摂取する機能性食品へ応用することも可能なので、その意義も大きいと思っています。

この記事に関連する記事はこちらです。ぜひお読み下さい。
211:祝・北里大学獣医学部創立50周年(2016/04/25)
155:ペットフードと乳酸菌(2013/12/25)
154:ペットフードの書籍を監修(2013/12/10)
153:ネコにタウリン(2013/11/25)
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136:「a-iペプチド」とキャットフード(2013/03/12)
75:科学研究費補助金(科研費)(2010/08/25)
70:気になるペットビジネス(2010/06/11)
68:「猫にマタタビ」の科学(2010/05/10)
64:動物資源科学科の農医連携教育(2010/03/10)
24:ペットフードと特許(2008/07/09)
13:大学発ベンチャーの意義(2008/01/25)
10:ペプチドは魅力的なペットフード素材(2007/12/10)
4:「機能性ペットフード」の可能性(2007/09/07)
ペットフードのトピックス | 14:29 | 2008.05.26 Monday |